マーケティング大国アメリカはIT先進国でもありますので、当然のことながらウェブ・マーケティングも大変盛んです。ワイン生産というローテク、アナクロな業態であっても、近年はFacebook、Twitter、YOUTUBEなどのソーシャル・メディアを使ったマーケティングを皆熱心にやっています。公式ウェブサイトなど、ヨーロッパのボロっちい三ちゃん系ワイナリーでも当たり前に持っている時代。「うち、こんなワインつくってます。美味しいですよ」とひっそり紹介しているだけでは激しい競争に勝てません。少し古い数字ですが、2011年にワイン・スペクテーター誌から90点以上の評点をもらった、アメリカ産ワインの銘柄数は5000もあります。一昔前まで、パーカーやスペクテーターの90点以上は商業的成功に直結していましたが、もはやそんな時代でもないのです。
ソーシャル・メディア活用がアメリカのワインリーで盛んなのは、個人への直販の売上比率が高いという特殊事情もあります。アメリカ、特にカリフォルニアは、ワイン・ツーリズムが世界一発展した産地であり、ワイナリーに併設されたテイスティング・ルームで個人客が買うワインの量は相当なものです。ワイナリーのメンバーシップに加盟している個人客向けに、頒布会的にワインを売るプログラムも盛んです。こうしたワイナリー直販の売上は、問屋を通す流通と比べて利益率が非常に高いのがその特徴。いかに個人客向けの売上を増やすかは、どのワイナリーにとっても極めて重要な経営課題なのです。
そんなわけで、個人客をターゲットにしたワイナリーのプロモーションに、ソーシャル・メディアが激しく利用されています。2013年のとある調査では、アメリカのワイン消費者の9割がFacebookを使っていて、週あたりの平均利用時
間は6.2時間だそうですから、これを利用しない手はないわけです。実際、はっきりした効果が得られていまして、2014年に行われた調査では、全米にある375のワイナリー(うち235はカリフォルニア)のうち87%がソーシャル・メディアによる売上増があると答えています。全体の18%は、3割以上も売上が増えたというのですから立派なものです。
ソーシャル・メディアで新規の顧客を獲得することも可能ですが、より簡単で即効性のあるのが既存顧客の囲い込みでしょう。これまでワイナリーを訪問してくれた人や、メンバーシップに加盟してくれている人に情報を発信して、好感度を上げリピート訪問や購入につなげるのです。その手管はテキスト、写真、動画などでワイン造りに関する情報を提供する素朴なものから、生中継動画を使っての醸造家によるヴァーチャル・テイスティングまで実にさまざま。ソーシャル・メディア専業のマーケ担当者を置いているワイナリーも少なくなく、次から次へとアノ手コノ手が登場します。
その好例として、ジョーダン・ヴィンヤード&ワイナリーがYOUTUBEで公開している動画を見てみましょう。収穫情報などの真面目な動画もちゃんとあるのですが、面白いのはスター・ウォーズのパロディ作品です。『カベルネ・ウォーズ 収穫のフォース覚醒 Cab Wars: The Force of Harvest Awakens』は、今年の10月はじめにアップされたもの。言わずもがなですが、今年の12月に公開予定の新作映画『スター・ウォーズ フォースの覚醒』をパロっています。英語ですが音声はほとんどなく、映像だけで十分楽しめますので、ぜひご覧ください。映像のクオリティはなかなかのものでして、おバカな遊びのくせに遊びで作ったものとは思えません(しかも、収穫期というクソ忙しいときに)。
10月中旬に続いて公開されたのは、アメリカのポップシンガー、オースティン・マホーンの最新ヒット「Dirty Work」に収穫作業の様子をシンクロさせた動画で、こちらもよくできています。オースティン・マホーンが、YOUTUBEへの動画投稿から有名になり、メジャーデビューしたという経歴の持ち主であることも、きっと意識しているのでしょう。Dirty Workというのは、キツイ、キタナイ、キケンな仕事を指す3Kという言葉に近い英語でして、ワイナリーの仕事はまさにDirty Workです。ブドウの摘み取り作業は別段キケンなものではありませんが、発酵中からプレスに至るワイナリーの業務は、高濃度の炭酸ガスが充満する中でのもので、気をつけていないと死に至ることもあります。もちろん、手のひらは紫に染まり、ちょっと洗ったぐらいでは色が落ちません。この動画、向こう受けを狙えるパロディを切り口にしつつ、実はワイン造りのリアルな姿を伝えてるあたりが、とても洗練された技巧に思われます。
なお、ジョーダン・ワイナリーのスター・ウォーズ動画には昨年秋公開の前作もありまして、タイトルは「カベルネ・ウォーズ 果実味の逆襲」。こっちは、例によってバカバカしいながらも、ちょっとしたストーリーとメッセージがあります。オーク風味たっぷりのワインを信奉し、アメリカンオークの活用を企むダース・タンニンとオーク・モールに対し、果実味を愛するジョーダン・ワイナリーの人々が立ち向かうというもの。この10月末に発表された、Born Digital Wine Awardsというワインのオンライン・ジャーナリズムを表彰する賞で、見事最優秀動画作品に選ばれています。
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立花峰夫:
ワイン専門翻訳サービス タチバナ・ペール・エ・フィス代表。ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
(タチバナ・ペール・エ・フィス: http://www.tpf.kyoto.jp)
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