いつのまにやら私たちの暮らす世界はエラいことになっています。車が勝手に運転してくれたり、人工知能の書いた小説がけっこう面白かったり。そんな中で、ワインはいまだに「本気ですか?!」と思うぐらい時代遅れです。
いや、ワイン造りでもハイテクは使われていますよ。巨人ガロ社が灌漑のコントロールにワトソン(IBMのすっごく賢い人工知能)を使っているとか、ナパのパルマズ・ヴィンヤーズが潜水艦のソナー技術を応用して、分子レベルで発酵タンク内の酵母の動きをモニターしているとか、アメリカのワイナリーはハイテク導入にけっこう積極的です。ただ、ワイン造りの核心部分を見る限り、これはもう1000年単位で変化していません。ブドウを育て、収穫し、潰して発酵、寝かせて出来上がり。いまどき樽ですよ、樽。鉄器時代の発明品を使い続けているのですから、ちょっと気の遠くなるぐらいのアナクロです。素焼きの壺(アンフォラ、クヴェヴリ)まで最近は復活してきていますからね。どこかの自然派ワイナリーが、「今年のヴィンテージから、うちでは電気・ガス・水道を一切使いません」とか言い出してもちっともおかしくありません。いや、すでにありそうですね、私が知らないだけで。
コルクもそんな時代錯誤のひとつ。コルク栓というのは17世紀のハイテクだったわけですが、よくもまあ300年以上も使い続けているものです。もちろん、天然コルクというのはなかなか素敵な栓なので、それだけ製品寿命が長くなったのですが、大きな問題がいくつかあります。ひとつはご存じブショネの発生。もうひとつは、個体ごとの酸素透過量が一定ではないため、長期熟成した際に瓶差が生まれること。あと、「たかだか飲み物の栓を開けるだけなのに、専用の栓抜きがいる」という不便さもあります(ビールの王冠も、歯で開けられる人以外は栓抜きがいりますけどね)。不便という点では、湿度の高い場所で瓶を寝かせて保管しないとダメ、というのもありますね。ほかにもいくつか天然コルクの問題点はあるのですが、とりあえずこんなところで。
なかでもブショネの問題というのは深刻です。コルクメーカーの努力によって、近年改善が見られてはいるものの、いまだに天然コルクのワインの3~4%でブショネは発生しているようです。『Wine Spectator』のジェームズ・ローブの記事によると、昨年同誌のナパ事務所で試飲した全ワイン6,820本のうち4,918本がコルク栓で、そのうち170本が「ブショネの疑いあり」と判断されたとのこと。現代の製造業の常識からすると、不良率3~4%というのは異常な数字なわけで、いくらメーカーがあれこれ製造プロセスを改良していると言っても、もう俺コルクやめたいと思う造り手が当然出てきます。
目下、コルクに替わる栓として一番人気なのはスクリューキャップです。機能的にはほぼパーフェクトのこの栓、一昔前までは「安もんくさい」ということで高級ワイン生産者には不人気でした。しかし、21世紀に入った頃から、オーストラリアやニュージーランドの生産者たちが「スクリューキャップ・イズ・ビューチホー」と大キャンペーンを張ったせいで、今では随分イメージがよくなっています。比較的年齢層の高いワイン消費者には、「天然コルク絶対主義者」もまだ多いのですが、若い世代になるほど抵抗がなくなってきているようです。目下の普及率は、さきほどの『Wine Spectator』の報告数字によれば、23.9%とほぼ4分の1のシェア。年々増えています。
ただ、このスクリューキャップ、環境に優しいかという観点で見ると、アルミ原料の工業製品なのでちょっと分が悪い。ボーキサイトからアルミニウムを生産するには結構なエネルギーを使うのに対し、コルクは天然素材なのでエコです。コルク樫が生える森自体が、大量の二酸化炭素を酸素に変えていますし、生物的多様性維持にも大きく貢献しています。なので、ワイナリーにとっては、コルクの栓を使うことで、環境保護の意志表明をしている面があるのですね。
そんな構図がある中で、第3の選択肢として近年脚光を浴びているのがDIAMという栓です。これは、テクニカル・コルクと呼ばれる製品の一種で、コルクの樹皮を細かく砕いたものを、接着剤で固めて成型したもの。固める前の段階で、「超臨界二酸化炭素処理」という難しいことをすると、ブショネの原因物質TCAをはじめとする化学的不純物がきれいに取り除けるというのがDIAM最大のウリでして、この栓は天然のコルク素材を使いながらも、ブショネゼロを謳っているのです。型に入れて形を整えているので、個体ごとのバラツキもなく、酸素透過量が一定です。つまり、瓶差も生じないのですね。
DIAMは、長さや酸素透過量を変えたいくつかのタイプがラインナップされています。2年前に発売された最高グレード品「DIAM30」は、「30年間の長期熟成ドンとこい」とメーカーが胸を張る自信作。いや、頼もしいですな。ほんとうに30年持ちこたえるかどうかは、発売から30年が経ってみないとわからないのですが。なお、DIAMについて、「ワインが接着剤くさくなる」という批判の声もあるようなのですが、製造元は「ポリウレタンの接着剤は、ワインの風味になんら影響しない。単なる気のせい」とそうした現象を否定しています。
DIAMが発売されたのは10年ほど前ですが、昨今は生産が追いつかないぐらいの人気だそうです。確かに、ワインの栓を抜いたとき、「あ、DIAMだ」と思う回数が増えたように思われます。2014年の売上は13億個。世界中で一年間に生産される瓶詰めワインの数は200~400億本と言われておりますので、仮に300億本だとすると占有率4%になります。スクリューキャップへの抵抗感がまだ強いフランスでは、ブルゴーニュのルイ・ジャドやブシャール・ペール・エ・フィス、アルザスのヒューゲルといった高品質志向大手がDIAMを採用しておりまして、この新しい栓のポジショニングがなんとなくわかりますね。
アメリカでもDIAMは人気赤丸上昇中です。現在、すべてのワインにDIAMを使っているデイヴィッド・レイミー(レイミー・ワイン・セラーズ)も大変満足げ。「ブショネもないし、酸素透過量が一定だからワインの熟成にもよいし。(天然コルクに含まれる物質の)リグニンが除去されているから、ワインに木っぽい香りがつかないし。天然コルクと比べて亜硫酸の効きもいいし」と、雑誌『Wines&Vines』の記事内で語っています。栓自体のコストも、以前に使っていた天然コルクと比べて半分になったといいますから、使いたがるワイナリーが多くて当然です。
では、ある銘柄の栓が天然コルクからDIAMに変わった際、そのワインに馴染みの消費者はどう感じるのでしょうか? ナパのシェイファー・ヴィンヤーズでは、昨年はじめからメルロとシャルドネについてDIAMに切り替えたのですが、「怒るお客さんがきっといるよな」と覚悟していたのだそうです。ところが、蓋を開けてみると、クレームがあるどころか、みんな気付いてもいないのだそうでして、「大きな決断をしたと思っていたのに、なんだかショック」だと、醸造責任者イライアス・フェルナンデスがWine Searcherの記事の中でコメントしています。ま、実際には変化に気付いた人は少なからずいて、中には立腹した人もいたんでしょうけどね。わざわざ文句を言わないだけで。
それでもこの先、DIAMはもっと普及していくのでしょう。いまから20年後、天然コルク、スクリューキャップ、DIAMのそれぞれのシェアはどれぐらいになっていますかね。3分の1ずつぐらいになっているかなあというのが、特に根拠のない私の予想です。しかし、20年、30年経ってから抜いたDIAMって、どんな状態になるのでしょうか。昔ながらの天然コルクだと、端っこがちょっと朽ちて欠けていて、ワインがいい感じに染みこんでいて、少し持ち重りするあの感じがよいのですよ。古い天然コルクをニギニギしたりフガフガしたりすると、なんだかノスタルジーをかき立てられてすごくイイ気持ちになるのですが、きっとDIAMではああいうふうにはならないのでしょうね。便利なこと、機能的なことに相応の代償があるのは仕方のないことです。
<参考サイト>
http://www.diam-closures.com/TCA-Taint-Free-Cork-for-wine
http://www.winesandvines.com/template.cfm…
http://www.wine-searcher.com/…/shafer-vineyards-uncorks-a-s…
http://www.decanter.com/…/jefford-on-monday-debating-diam-…/
http://www.winespectator.com/blogs/show/id/52683
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立花峰夫:
ワイン専門翻訳サービス タチバナ・ペール・エ・フィス代表。
ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
(タチバナ・ペール・エ・フィス: http://www.tpf.kyoto.jp)
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