私の名刺には、翻訳者という肩書き以外に「ワインライター」という文字が書いてありまして、ちょこちょこ日本のワイン雑誌に寄稿しております。なので、海外のワイン産地に取材に行ったりするのですが、単独で生産者巡りをする以外に、ほかの国のご同輩と一緒に回ることがあります。後者は、当該の産地の生産者団体などが主催する「プレス・ツアー」というやつなのですが、近年こうしたツアーに参加する海外の書き手の中に、「ワイン・ブロガー」という属性の人が増えてきました。
従来、ワインの書き手は3種類に分かれておりまして、特定の媒体に所属し、サラリーマンとして給料を貰っているスタッフライターと呼ばれる人。そして、私のようにフリーランスで雑誌に原稿を売り、1文字いくらでお金をもらっている人。それから、これは例外的な少数ですが、ジャンシス・ロビンソンのように自分で有料媒体をもっている大物ライターがいます。
しかし、過去10年ぐらいで新しく出現したワイン・ブロガーという人達は、閲覧無料の記事を自分のサイトで発表し、読者を獲得しているわけです。単純比較はできないとはいえ、海外の有力ブロガーの中には、日本のワイン雑誌の平均的発行部数を上回る読者数をもつ人だって少なからずいます。私自身も、定期的に新着記事をチェックする海外ワイン・ブログはいっぱいありますしね。記事を書いてほしい側の人、すなわち生産者や輸入業者などからすれば、ブロガーが秋波を送るべき対象になってきたのは無理もありません。
ただ、このワイン・ブロガーの人たち、労力に見合った対価が得られているかというと、かなーりキビしい。だって、ブログ記事には誰も原稿料を払ってくれないのですから。趣味としてやっているならいいのですが、仕事にはどうしたってなりません。もちろん、イキのいいブログ記事を発表しているうちに、有料の媒体から執筆依頼がきて、趣味がお金を生む仕事につながるケースはありますよ。が、ブログそのものはお金を稼いでくれないのです。ジャンシスやパーカーのような超ビッグネームでもない限り、人はネットの記事にお金を払いたがりません。実質的なインターネット元年を1995年あたりだとすると、そこから20年以上が経過しているわけですが、いまだに「ネット情報=タダ」という常識は揺るがないです。
読者からお金を取れないとすると、広告で稼げないかということになります。広告が大きな収入源だというのは、旧来の紙メディアも同じです。すごくイイ記事をばんばん書く→読者が増える→広告主が現れてお金を払ってくれる→お金が入るのでよい取材ができて、さらにイイ記事が書ける、というサイクルは理屈の上では存在しますが、なかなか現実にはそうもいきません。なぜならば、広告が好きでたまらないという読者は、あんまりいないからです。せっかくいい記事を書いていても、広告が余白を埋め尽くしているサイトだとイメージが悪くなり、読者数が減ってしまいます。また最近は、ウェブサイトのページに広告を表示させなくするソフトなんていうのが複数ありまして、そんなのを使われた日には、ブログ屋も広告屋も商売あがったりです。
一時はワインの世界でも、「新進ブロガーたちが、恐竜のような従来型ワインライターを滅ぼす」なんて言われていましたが、ワインライターが紙メディアの衰退とともに滅び、ブロガーも「もうこんなのやってられない」と滅び、「そして誰もいなくなった」というのが、現時点でのまあまあリアルな未来予想図です。ほかに本業を持つワインのプロ、あるいはアマチュアが、SNSやワインAPPなどで影響力を振うことはこれからも続くのでしょうけれど、「ワインについて何かを書いて、お金を稼ぐ人」というのは、今やかなりの絶滅危惧種になっています。皆さん、もっと私に優しくしてください。
紙媒体でもあれこれ記事を書き、ブログもやっているアメリカ人ライターのSteve Heimoffは、下記のブログ投稿の中で、「ネット記事を読んだ人が、『イイね!』を思ったらお金をチャリンと払う仕組み」の可能性ついて書いています。Flattrというスウェーデンの会社が、そういう「大道芸人にお金を払う」かのような、ネット上のインフラサービスを提供しているそうです。しかし、これもどうでしょうかね。私自身は、道ばたで歌っている若い人とかにお金をあげたことが今までに一度もないので、やっぱり非現実的かなあと思います。
さて、英語圏にはすぐれたブログを表彰するWine Blog Awardという賞がありまして、毎年6月に発表になります。今年の受賞ブログは下記の通り。2007にできた賞で、ほかにWine Bloggers Conferenceというシンポジウムも毎年開催しています。
稼げているかどうかはともかく、ブログがすでにそれなりに成熟した媒体になっていることがわかります。一方、日本ではいまひとつワイン・ブログが盛り上がりません。山本昭彦さんがやっている「ワインレポート」は業界の人がみんな読んでいますし(とはいえ、彼はジャーナリストが本業です)、カリフォルニアについては、「カリフォルニアワインのお勝手口」が長く続く定評のあるブログです。が、英語圏のように、イキのいい新しい人が次々に、という状況にはなっていません。もちろん、ブログという形ではなくSNSやワインAPPでの発信でもよいのですが、単なる「これ飲んで美味しかった絵日記/どこぞのワイナリー行って楽しかった絵日記」ではない情報発信を、新しい視点から定期的にする人が、ぜひ出てきてほしいなと思います。しかし、稼げないと、きっとそれも長くは続きません。そんなわけで、話は前回の「イエスの2度目の奇蹟」」に戻ります。
<参考サイト>
http://www.steveheimoff.com/…/can-wine-bloggers-make-money…/
https://flattr.com
http://winereport.blog.fc2.com
http://www.matsubarafamily.com/blog/
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立花峰夫:
ワイン専門翻訳サービス タチバナ・ペール・エ・フィス代表。
ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
(タチバナ・ペール・エ・フィス: http://www.tpf.kyoto.jp)
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