なんだかほぼ、「毎年恒例」な感じのニュースなのです。ブルゴーニュの老舗ネゴシアン、Maison Béjot Vins et Terroirsというところ(1891年設立)が、ブルゴーニュのワインに他の産地のブツを違法にブレンドしていたかどで、この4月から取り調べを受けています。このテの話題、ブルゴーニュではしょっちゅうです。有名航空会社なんかにも採用され、日本を含む世界各国に輸出されている某大手ネゴシアンだって、何年か前に同じような話でガサが入っていました。そんな立派なところがナゼ、と思われるかもしれませんが、この問題はけっこう根が深いのです。
こうしたニュースを聞いた人はふつう、「なに、けしからん話だ。シメちゃえ。ぷんぷん」と憤慨するわけですが、しかし実のところ、これってそんなに悪い話なのでしょうか。規則を破ったという点ではもちろんイケナイのですが、行為そのものの是非については、少々考える余地があるのではないかと。
ブルゴーニュに南の「強いワイン」をブレンドするというのは、それはそれはながーく続く伝統です。1930年代にAOC法が出来てからというもの、「そんなことをしてはいけません。テロワールの純粋性が損なわれます」という建前にはなっているのですが、まあ言うことを聞かない人は当然いっぱいいます。だって伝統なのですから。「ワイン法なんて、交通法規みたいなもの。お巡りがいなけりゃ、オレっちは時速200kmで公道走っちゃうもんね」という意識の生産者は、何年たってもいなくなりません。蛇の道はヘビ、インチキしようと思えばいくらでもやりようがあるんでしょうね。
違法ブレンドのスキャンダル、定期的にメディアのネタにはなっていますが、ほとんどが内部告発か、「あいつ、ウマいことやって俺より儲けやがって。実に腹立たしい」という近所のタレコミなんじゃないかと想像しています。田舎は怖いなあ。数年前のブルネッロ・ゲート事件(サンジョヴェーゼ100%であるべきブルネッロに、みんながカベルネやメルロを混ぜていて大騒ぎになった事件)も、外来品種ブレンド反対派の某大物生産者が、メディアを焚きつけたのが原因だと言われていますしね。
フランスの法律上は、たとえ一滴でもほかの産地のワインをAOCワインに入れたら違法になるわけですが、まあ守ってない人はブルゴーニュに限らず少なくないでしょう。なぜそんな「悪い」ことをするかというと、そうすることで味がよくなるからです。原価の安い南仏や南イタリア、アルジェリアのワインを混ぜて、量を水増しして儲けてやれ、という側面もあるのでしょうが、どちらかというと目的は味わいの向上かと思われます。あくまで個人的見解ですが、美味しくなるならそれもアリじゃないかなと。
アンソニー・ハンソンという、ブルゴーニュワインのスーパー権威がおりまして(ものすごーくエラい人です)、この人は1982年に『Burgundy』という記念碑的著作を出しました。60~70年代のブルゴーニュというのは大スランプだった時期なのですが、「なぜこんなひどいことになっているのか」というのを赤裸々に暴き出して、業界が騒然となった本です。その中でハンソンは、とある有名ネゴシアンが生産したクロ・ド・ヴージョ1961のブレンド比率について紹介しています(もともとは、1971年に出版されたJulian Jeffsという人が書いた、『The Wines of Europe』という本からの引用です)。
クロ・ド・ヴージョ(栽培家その1より) 7ロット
クロ・ド・ヴージョ(栽培家その2より) 3ロット
サヴィニ・レ・ボーヌ 1ロット
シャトーヌフ・デュ・パープ 1ロット
合計12ロット
それぞれのロットが同じ量なのかどうかは上掲書には書かれていないのでわかりませんが、仮に各ロットが同じ量だとすると、全体の12分の2、約17%が他AOCのワインであり、8%強は南ローヌのワインです。つまり、このワインの「クロ・ド・ヴージョ」比率は83%程度で、「ブルゴーニュ」比率も92%程度です。
ちなみに、カリフォルニアの規定がどうなっているかというと、州名をラベルに表示するには100%カリフォルニア州産のブドウを使っていないといけませんが、郡名の表示は75%以上、AVA名の表示なら85%以上でオッケーです。フランスでもIGP(旧ヴァン・ド・ペイ)のレベルなら、必要最低使用比率は85%まで下がります。
AOCがAVAと同じような原産地呼称だと仮定すると、上記のクロ・ド・ヴージョ1961は、あと2%だけその畑のブドウ使用比率を増やせば、カリフォルニアでは堂々胸を張れる「合法」の原産地呼称ワインになるわけです。カリフォルニア州をひとつの国に見立て、その郡をフランスの地方名だと仮定すると、件のワインは「ブルゴーニュ」と名乗る上では何の問題もありません(「ブルゴーニュ」比率92%>郡名表示の最低比率75%)。
要するに、ことは「テロワールの純粋性」という理念と、「ワインとしての味の良さ」という商業的側面を秤にかけ、どちらをどれぐらいまで優先するかというバランスの問題なわけです。もし、カリフォルニアが、フランス並に厳しい「AVA表示には100%以外認めません」という政策をとったとしたら、そのワインの品質レベルは5%ぐらい下がるんじゃないかと思います。醸造家にとって、ベースになるワインに欠けている要素を他で補強できるというのは、私たち素人が想像する以上に「使えるテクニック」なのです。コックさんが料理をしているときに、「なんかひと味足らないから、隠し味を少々」というのと一緒。隠し味がちっとも隠れておらず、その味しかしなくなるなら問題なのですが、あくまで背後に留まりつつ、味のバランスをよくしてくれるならそれはそれでイイんじゃないかと。
ロワールのニコラ・ジョリのような原理主義者は、「本物であることは、必ずしも美味を意味しない」なんて言うわけですが、そんな価値観は、同じ哲学を持つ人達の中だけで共有すればいいわけです。100%純粋な原料だけで素晴らしいワインができるなら、それに越したことはありませんし、その時は堂々とラベルなりなんなりで謳えばいいでしょう。でも、全体の基準をそこに設定するのは、少々厳しすぎやしませんかと私は思います。ワインは「文化」ですが、同時に商業流通する消費財でもあります。飲んで美味しいというのが最低限クリアすべきハードルで、その上にいろんなものを築くべきではないかと。消費者としての私は、「100%正しいけれど、誰が飲んでも美味しくないワイン」よりかは、「正しさは85%だけれど、多数の人が美味しいと思うワイン」を圧倒的に支持します。
<参考サイト>
http://www.decanter.com/…/maison-bejot-vins-et-terroirs-tu…/
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立花峰夫:
ワイン専門翻訳サービス タチバナ・ペール・エ・フィス代表。
ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
(タチバナ・ペール・エ・フィス: http://www.tpf.kyoto.jp)
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