カリフォルニアのワインですが、2010年代に入ってからというもの、スタイル・ウォーズとでも言うべきフェーズに入っています。1990年代後半以降、ロバート・パーカーの絶大なる影響力のもと、全体が一気に「濃厚、高アルコール、強烈な抽出」の方向へと向かったのですが、2010年頃から振り子の揺り戻しが始まったのです。
そのひとつのきっかけを作ったのが、アントニオ・ガッローニという人物でした。徐々に引退を考え始めたロバート・パーカーが2011年、カリフォルニア・ワインの評価について、当時パーカーの媒体『ワイン・アドヴォケイト』で働いていたガッローニに任せたのです。ガッローニは、2006年から同誌での評論を始めたのですが、ヨーロッパ志向、エレガント志向の強い好みの持ち主。なので、パーカーからガッローニに担当が変わった途端、それまで超高得点をもらっていた濃厚系ワイナリーへの評点が、急に渋くなりました。反対に、以前は「88点」とかパっとしない点数しかもらえなかったようなところが、いきなり95点以上の高い評価をもらったり。当然のことながら、カリフォルニアのワイナリーには悲喜こもごもの大混乱が生じたのですね。
そんな頃、ワイナリー側が事態をどう受け止めていたかについて、極めてリアルに、しかし面白おかしく描いた有名なパロディ動画があります(以下Youtubeのリンク参照)。
https://www.youtube.com/watch?v=9lIvGuCPZOc
4分ほどの短い動画です。2011年9月にアップされた作品なので、ガッローニがパーカーからカリフォルニアの評価を引き継いだ、半年後ぐらいに発表されたものですね。動画の元ネタは、『ヒトラー 〜最期の12日間〜』という、ドイツ/オーストリア/イタリア合作の映画(2004年)。スイス人でありながらもドイツの国民的名優になったブルーノ・ガンツが、ヒトラーの最後の日々を迫力ある演技で再現した名画です。TSUTAYAとかにもたいてい置いてあるとおもいますし、今のところ、Huluでも見られますので、元の映画をちゃんと見たい方はぜひ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ヒトラー_〜最期の12日間〜
さて、件のパロディ動画には、『カリフォルニア カルトワインの破滅』というタイトルが付けられています。ドイツ語の音声に、パロディの英語字幕がかぶせてあるのですが、以下にその英語字幕を訳出しますね。英語が得意な方はそのまま動画を見てください。そうでない方は、下記の字幕飜訳をMSワードにでもコピペしてプリントアウトして、片手に持ちながら見ていただければと思います。動画内のヒトラー総統がカルト・ワイナリーのオーナー、その部下の軍人たちが、醸造家など雇われスタッフという見立てになっています。
***始***
●部下1:
「今後は、ワインを多角化していかねばなりません」
(地図を指さしながら)
「(カベルネ・ソーヴィニョンに代わる)代替品種をいくらか植えましょう」
「ここに、カベルネ・フランを植えるといいでしょう」
「ここには、アリアニコを・・・」、「ここにはフィアーノを・・・」
●総統:
(けだるげに)
「代替品種なんていうゴミのことは気にするな」
「パーカーが90点以上つけてくれれば、すべての問題が解決するんだから」
●部下1:
(緊張した面持ちで恐れながら)
「総統閣下・・・・・・パーカーは・・・・・・」
●部下2:
「・・・・・・パーカーはもう、カリフォルニアを担当していません・・・」
「私たちのワインに点をつけているのは、アントニオ・ガッローニです」
●総統:
(怒りに身を震わせながらしばし沈黙、眼鏡を外す)
「醸造責任者、マーケティング担当その1、マーケティング担当その2、ツイッターの責任者、あとはお稚児さんだけ残れ。あとの連中は出て行け」
(指名された者以外、ゾロゾロと退出。部屋に数名だけ残る)
●総統:
(怒り狂いながら吠えまくる)
「パーカーの野郎は気が違ったのか!!」
「(アルコール)16%のワインばっかり飲んだせいで、奴はおかしくなっちまった!!」
「ウチのワインは、奴のためだけに造ってるんだぞ!!」
「熟度が高く、豊満で、アルコールが高く、抽出過多で!!」
「それで、90点以上が保証されていたんだ!!」
「そんなクソみたいなワインを、これからどうやって売ってったらいいんだ!!」
「うちのビジネスプランは何もかも、パーカーを基準にしてきたんだぞ!!」
「それがいまや、ウチがクソまみれだ!!」
●部下2:
(緊張した面持ちで、早口に)
「ですから多角化して、ヨーロッパ的なスタイルにしていくべきかと」
●総統:
「くたばれ!! お前も、オカマみたいなヨーロッパ的ワインもだ!!」
●部下2:
「総統閣下、エレガンスとストラクチャーが今は流行りなのです」
●総統:
「エレガンスとストラクチャーだと! そんな戯言なぞ聞きたくないわ!!」
(怒りにまかせてペンを地図に叩きつける)
「貴様はいつも、ブルゴーニュがどうしただのと、クソつまらん話をする」
「だが貴様の好きなブルゴーニュなんぞ、牛のケツの穴を焼いたみたいな味だろうが!!」
「じゃあこれからは、エレガントでストラクチャーのある牛のケツを味わいやがれ!!」
「あのガッローニって野郎は、ミネラル風味と酸味が好きらしいな!!」
「だがどうやって、アルコール16%のカベルネで、そんなモンが造れるってんだ!!」
「パーカーの野郎のせいで、俺達はムチャクチャだ!!」
「仕方なしに買い込んだ、バカ高い新樽をこれからどうしろってんだ!!」
●総統:
(腰をおろし、少し落ち着く)
「ワシはまだ、ウチのワインが好きなんだ」
「男のワインだ」
「胸毛が生えておる」
「タ◯にだって毛が生えている」
「イヤだ・・・」、「カベルネ・フランなんぞ、絶対植えるものか・・・」
「なんであれ青臭いゴミ品種なぞ、断じてワシの畑には植えんぞ!!」
「今のままでいて、パーカーが正気に戻るのを待つんだ!」
「野郎が狂ったままなら、ワシがあのクソ溜めのモンクトン(注1)まで出張ってやる・・・」
「シノンとボージョレの瓶を、奴の家に叩きつけてくれるわ!!」
●秘書1と秘書2:
(しくしく泣いている秘書1を、秘書2がなぐさめる)
「ツイッター助手のあなたの仕事は、まだ大丈夫だから」
●総統:
(背中を丸めながら、失意の中でつぶやく)
「ジェームズ・サックリング(注2)の態度は、ワシには我慢ならんのだ」
「あのアホな動画がどうにもな」
「だがな、あのチ××コ野郎は、金持ちをいっぱい知っておる」
「アイツはな、『このワインはオレ的には93点で・・・』と自分が言うのを聞くのが好きでたまらんのだ」
(しばし沈黙ののち、肩を落としながら)
「サックリングにサンプルを送れ」
***(終)***
注1: モンクトンは、ロバート・パーカーの自宅住所がある、アメリカ東部の小さな町。
注2: ジェームズ・サックリングは、アメリカの有力ワイン雑誌『ワイン・スペクテーター』の元ヨーロッパ担当評価者。2010年に独立し、自身の有料評論媒体をウェブベースで立ち上げ(下記)。
https://www.jamessuckling.com
***
なお、この動画には後日譚、続編があるのです。タイトルは、『カリフォルニア カルトワインの破滅・・・パーカーのカムバック』。なんと、アントニオ・ガッローニが2013年に『ワイン・アドヴォケイト』を去り、自身の有料ウェブ媒体である『Vinous』を設立、その結果、ふたたびパーカーがカリフォルニアを担当するようになったのですね(現在も担当中)。そこでまた、悲喜こもごもが巻き起こります。
今回のコラムについて、「いいね」の数が比較的多いようなら、後編もまたここで、字幕の飜訳とともにご紹介しますね。後編、さらにウケますよ。それでは皆さん、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。
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立花峰夫:
ワイン専門翻訳サービス タチバナ・ペール・エ・フィス代表。
ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
(タチバナ・ペール・エ・フィス: http://www.tpf.kyoto.jp)
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