前回の続きです。カリフォルニアのワインシーンを1990年代から舌と指で動かしてきたロバート・パーカーが、2011年になって突然、彼の地のワインレヴューをエレガント志向、ヨーロッパ志向のアントニオ・ガッローニに任せたために、カベルネ・ソーヴィニョンからアルコール16%のジャムを造っていたカルトワインの生産者が大いに泣いた、というのが前回のお話でした
。
しかし、このガッローニ、なかなか野心的な男でして、2013年春に『ワイン・アドヴォケイト』を離脱して、『ヴィノス Vinous』 (下記)という自身の有料評価メディアを立ち上げたのですね。離脱の時期が、パーカーが『ワイン・アドヴォケイト』をシンガポールの投資家に売却したのと同時期だったので、いろいろあったのかもしれませんが、一時はパーカーとガッローニの間で訴訟になったりして、それなりにゴタゴタはいたしました。
ただ、いずれにせよ、2013年のガッローニの離脱、シンガポールへの媒体売却の頃から、パーカーの影響力が目に見えて衰えていったのは事実です。自身で評価する産地をどんどん減らして「弟子」たちに任せていき、徐々に引退ムードを高めていったこともありますが、「100点法で採点された銘柄評価をもとに、ワインを買う/注文する」という、1980年代前半から30年間続いた風俗あるいは文化が、今ではすでに耐用年数切れ、あるいは出がらしになってしまった感は否めないかと。
なお、2013年というのは、カリフォルニア・ワインにとってもうひとつ、地面がひっくり返りそうな変動が起きた年でして、この年の秋にジョン・ボネという若手の気鋭ライターが、『The New California Wine』という、大変論議を呼んだ本を出版したのですね。ボネは、2006年から2015年まで、『サンフランシスコ・クロニクル』という、東京で言えば『東京新聞』みたいな地元新聞に載るワイン記事の主筆を務めてきた人物です。日本にいると、『サンフランシスコ・クロニクル』の影響力というのはイマひとつピンとこないのですが、地元では相当な影響力のある媒体なのです。この人もまた、ヨーロッパのワイン、エレガントなワインが大好きな人。上述の著書では、カリフォルニアの「オルタナティブ系」を全力で擁護しまして、世界中で話題になりました。ここで言う「オルタナティブ系」とは、これまでカリフォルニアを支配していた濃厚スタイルに背を向け、「薄ウマ」を追求したワイン、カベルネやシャルドネといったメジャー品種以外に目を向けたワイン、なんだか自然派な感じのワインなどを指します。上述のThe New本は、カリフォルニア・ワイン全体を取り上げた産地本のくせに、産地紹介のコーナーにナパの章がないなど、相当挑戦的なことをやらかしました。ボネ、10月中旬に日本に来ますので、ご興味のある方は関連イベントにぜひお越しください。
アメリカでは東海岸でも、エレガントなワインを持ち上げる評論家の発言力が近年増しておりまして、その筆頭が高級紙『ザ・ニューヨーク・タイムズ』のワイン記事の主筆を、2004年から務めているエリック・アシモフです。この人の味覚も、完全にヨーロッパ寄り。こってり味のカリフォルニア・ワインなんかには目もくれません。なお、アシモフ、ボネがともに、お気に入りの銘柄や生産者を記事や書籍内で挙げることはあっても、点数評価をしない方針であることは瞠目すべき点でしょう。
そんなワケで、アメリカでも昨今は、「エレガント系バンザイ」な空気にメディアはかなりなっているのですが、「何でも新しいモノを取り上げたがるメディアの評価と、実際の市場の評価は違う」、「いまだに消費者の熱い支持を得て、実際に街で売れているのは濃厚系だ」といった意見も根強くあります。ワイナリー側の最近の動きを見ても、濃厚で鳴らしていた有名カルトワインが薄味方向に舵を切るような例もあり、逆にこってり一筋で道を究めようとする例もあり、また「ウチは40年前から今まで変わらずエレガントなんです!」と主張する古典派もありで、市場はモーレツに混迷しております。個人的、いや野次馬的には、いろんな派閥が口角泡飛ばして議論している今の状況はオモシロいので、下手に一点に収束することなく、戦争を続けていただきたいものだと。もっとやれやれー。
さて、前フリはこのぐらいにしまして、例の「総統閣下パロディ動画」の続編を見てみましょう。タイトルは、『カリフォルニア カルトワインの破滅 パーカーの帰還』。2013年3月、ガッローニの離脱直後に発表されました。仕事が早いです。切り取られている映画のシーンは、2年前にアップされた前編(前回参照)とまったく同じで、かぶせているウソ字幕だけが違います。例によって、英語が得意な方はそのまま動画を見てください。そうでない方は、下記の字幕飜訳をMSワードにでもコピペしてプリントアウトして、片手に持ちながら見ていただければと思います。動画内のヒトラー総統がカルト・ワイナリーのオーナー、その部下の軍人たちが、醸造家など雇われスタッフという見立てになっています。前回もそうでしたが、この動画、見れば見るほどよくできています。もちろんおふざけ、ジョークではあるのですが、結構深い洞察がアチコチにちりばめられているのですねよ。風刺とはかくあるべしと思います。
***始***
●画面字幕
パーカーなきあとの時代に備えるため、我らがカリフォルニアの某ワイナリーが、カベルネの樹を引き抜いてから2年の時が過ぎた。栽培・醸造チームの面々が、ワイナリーのオーナーに畑がどう変わったかを説明している・・・・・・。
●部下1:
「畑の状況は申し分なしであります」
(地図を指さしながら)
「アリアニコの樹勢はいい具合です」
「この尾根に植えたサヴァニャンも最高でしょう」
「ヴェルディッキオについては、何週間か前にベト病の被害が出ましたが、解決しつつあります」
●総統:
(けだるげに)
「ガッローニは、このガラクタを全部気に入るだろう・・・・・・」
「岩塩坑夫のチ○チ○よりも、ミネラルたっぷりなんだからな」
●部下1:
(緊張した面持ちで恐れながら)
「総統閣下・・・・・・ガッローニは・・・・・・」
●部下2:
「・・・・・・ガッローニは、『ワイン・アドヴォケイト』を辞めました・・・」
「パーカーがまた、カリフォルニアを担当します」
●総統:
(怒りに身を震わせながらしばし沈黙、眼鏡を外す)
「醸造責任者、マーケティング責任者、ビオディナミの魔術師、あとはお稚児さんだけ残れ。あとの連中は出て行け」
(指名された者以外、ゾロゾロと退出。部屋に数名だけ残る)
(画面に妙な制服を着た妙な風貌な男が映り、そこに「ビオディナミの魔術師」の字幕)
●総統:
(怒り狂いながら吠えまくる)
「なんのためにキサマらに金をくれてやったんだ!!」
「おかげでワシはおしまいだ!!」
「パーカーはもう終わったと言ったのは、お前らじゃないか!!」
「もう引退するんだと!!」
「キサマらがワシに造れと言ったのは・・・・・・」
「新世代の評論家やブロガー連中の好きな、流行りのワインとやらだ!!」
「ビオディナミの魔術師を雇うんだと」
「ジュラ風のサヴァニャンを仕込むんだと」
「だがそんな代物を、いったいどこのどいつが飲むんだ!!」
●部下2:
(緊張した面持ちで、早口に)
「アリス・フェイリング(注1)は、最近発売したウチのオレンジ・ワインを、熱狂的に賛美してくれています」
●総統:
「くたばれ!! お前も、お前がサンプルを送ったヒッピー評論家もだ!!」
●部下2:
「ジェイミー・グッド(注2)は、『本物の』ワインだと言ってくれています」
●総統:
「馬小屋みたいなクソの臭いがするからだろうが!!」
(怒りにまかせてペンを地図に叩きつける)
「本物のワシのケツをくれてやるわい!!」
「キサマらは正気を疑うような時間にまで、ブドウの味見をやらせてくれたな」
「三日月が出ているからだとか、言いやがって!!」
「パーカーはまた、バナナを片手に(注3)ここへやってくるんだぞ!!」
「あの野郎にくれてやれるのは・・・・・・」
「白ワインのくせに、オレンジ色をしたやつだけだ!!」
「パーカーの奴は、二度もワシらをハメやがった!!」
「仕方なしに買い込んだ、バカ高いアンフォラをこれからどうしろってんだ!!」
●総統:
(腰をおろし、少し落ち着く)
「ワシはウチのカベルネの樹が好きだった」
「90点以上の点がもらえたんだ」
「毎年毎年だ!」
「だが、キサマらの言うことを聞いて全部抜いちまった」
「それが今どうだ」
「お前らの言うとおりに、新しい品種からビオディナミの自然派ワインを造ったんだぞ」
「今、うちの倉庫にあるのは・・・・・・」
「キ○ガイのオタクしか飲まないようなワインばっかりだ」
「フェイリングだろうが・・・」、「グードだろうが、誰が『本物』呼ばわりしてくれようが知ったことか!!」
「マトモな神経の持ち主なら、あんなワイン飲むはずがなかろう!!」
●秘書1と秘書2:
(しくしく泣いている秘書1を、秘書2がなぐさめる)
「心配しないで。これからまた、ちゃんとしたワインを販促できるかもしれないんだから」
●総統:
(背中を丸めながら、失意の中でつぶやく)
「パーカーはたしかに、ワシらをグチャグチャにしたかもしれん」
「だが、消費者が本当に好きなワインを褒められる評論家は、いまだにアイツしかおらんのだ」
「しかもだ」
「あのチ○コ野郎は、気付いていたに違いない」
「ワシらがボージョレとシノンの瓶を抱えてモンクトンまで出張り・・・」
「奴の家にドレスデン(注4)以来、最大のワイン爆撃を食らわしてやったときに」
(しばし沈黙ののち、肩を落としながら)
「もう一回、カベルネを植えろ」
***(終)***
注1: アリス・フェイリングは、近年大きな影響力を振う自然派なアメリカ人ワイン評論家で、かなり本気の人。数冊の著作があるが、邦訳はなし。
注2: ジェイミー・グッドは、植物生理学の博士号を持つイギリス人の科学系ワインライター。醸造家/コンサルタントのサム・ハロップMWとの共著で、自然派ワインを総合的に論じた『Authentic Wine』(本物のワイン)という著作がある(2013年)。邦訳に『ワインの科学』(2008年)、『新しいワインの科学』(2014年、前掲書の改訂増補版)。
注3: ロバート・パーカーは、カリフォルニアのワイナリーを訪問・試飲して回る際に、昼食を取らない。その代わりに、バナナを食べて栄養補給をする。
注4: ドレスデン爆撃とは、第二次大戦末期の1945年2月に、連合国軍によって行われたドイツ東部の都市ドレスデンへの無差別爆撃。街の9割近くが破壊され、多数の死傷者が出た。
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立花峰夫:
ワイン専門翻訳サービス タチバナ・ペール・エ・フィス代表。
ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
(タチバナ・ペール・エ・フィス: http://www.tpf.kyoto.jp)
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