「イギリス産スパークリングワインが、ブラインドテイスティングでシャンパーニュを撃破したぜい!!」というニュースが、先月末各所で報道されていました。企画したのは、Noble Rotという2013年創刊のワインと食の雑誌で、審査員はジャンシス・ロビンソン、ニール・マーティン(ワイン・アドヴォケイト)、ジェイミー・グッドといった大物を含む12名。Hambledon、Nyetimberというイギリス勢がワンツー・フィニッシュを決めたことから、「これは『パリスの審判』に匹敵する歴史的勝利だあ」と喜んでいるイギリス人もいるようです。結果の詳細は下記の記事をご覧ください。
http://winereport.blog.fc2.com/blog-entry-1769.html
さて、いまだにベンチマークとして言及されるワイン界の伝説的事件、「パリスの審判」あるいは「パリ・テイスティング」が起こってから、来年5月でちょうど40年になります。節目の年を祝うために、いくつかの企画がすでに進行中ですが、「もう一回勝負したろか」というのはさすがにもうないようですね。2006年に行われた「30年後のリマッチ」で、1位~5位までをカリフォルニアが独占というあまりに劇的な結果が出ましたから、アメリカ勢はそのまま勝ち逃げしたいところなのでしょう。
(「パリスの審判」についての詳細はこちら)
https://www.adv.gr.jp/column/04/index.shtml
40周年関連イベントとしては、まず来年1月にスティーヴン・スパリュアとジョージ・テイバーが、回顧テイスティング&ランチをフロリダの地で企画しています。スパリュアは1976年の「パリスの審判」の主催者、テイバーはタイム誌の記者として結果を世界に知らしめた人物ですから、昔話に花が咲くというものです。このテイスティング&ランチでは、1983年以降のスタグス・リープ・ワイン・セラーズの赤と、1992年以降のシャトー・モンテレーナ白が垂直で供されるそうでして、参加費はお一人様1,500ドルという立派な金額であります。歴史的勝利を収めた生産者のほうは何かやらないのかというと、やっぱりやります。モンテレーナの現当主ボー・バレットと、スタグス・リープの創業者ウォーレン・ウィニアルスキーが、5月にワシントンDCの国会議事堂で、ワイン産業と縁の深い国会議員団とパーティを催すとのこと。50の州すべてから議員が参加するそうで、「俺たちゃアメリカ、世界最強!」という暑苦しいノリの会になりそうです。
さて、未だに話題が尽きない「パリスの審判」に関して、最近ちょっと面白い記事がwine-searcherのサイトに掲載されました。W. Blake Grayという有名ワインブロガーが寄稿したもので、
●「パリスの審判」は起きた。カリフォルニアが勝った。
●だが、ジョージ・テイバーがその場におらず、タイム誌に記事が載ることもなかった。
という「もしも」の世界を想像したら、という内容です。ドリフの大爆笑を思い出しますね。記事が載らなくても、スパリュアは、自分のワインショップに来る客にこの逸話を話し続けるが、たいした評判にはならなかったとか、パーカーが現実の世界よりずっと後になるまで、カリフォルニアには目を向けなかったとか、三つ星フレンチ・ランドリーのオーナーシェフ、トーマス・ケラーはナパではなくハリウッドでレストランを開業したとか、あれこれ勝手な夢想をGray氏は繰り広げています。
(ネタ元はこちら)
http://m.wine-searcher.com/…/overturning-the-judgment-of-pa…
こういう思考実験は楽しいので、ここで別パターンを考えてみたいと思います。
●「パリスの審判」は起きた。
●カリフォルニアは善戦したが、白赤ともにあと一歩のところでフランスには及ばなかった。
という「もしも」の世界で、2015年のカリフォルニア・ワインがどうなっているかというと・・・・・・たいして違ってないんじゃないかと思います、ワタシは。
「パリスの審判」が、決して壊れないと思われていた壁を壊したことは事実です。そのおかげで、カリフォルニアの生産者が大いに自信をつけ、メキメキ品質が上がったのも疑いのないところでしょう。その昔、「日本の野球選手なんて、メジャー・リーグでは通用しない」と信じられていたところに、野茂が風穴を開けると、あれよあれよとアメリカで活躍する日本人選手が増えたのと同じですね。
しかし、たとえ「パリスの審判」が起こらなかったとしても、いずれ似たような状況にはなったのではないでしょうか。1976年の出来事ほど劇的な形ではないかも知れませんが、カリフォルニア・ワインはコツコツとフランスの銘醸にいろんな場で勝利を収め、少しずつ名声を築いていったはずです。というのは、「パリスの審判」とは、当時のカリフォルニア・ワインのポテンシャル、すなわち優れたテロワール、優れた人材、国内・近隣市場の強い購買力などなど、すべてをひっくるめた総合的な力が生んだ結果であり、その逆ではあんまりないからです。たしかに、「パリスの審判」がなければ、カリフォルニア・ワインの発展は3~5年ほど遅れたかもしれません。が、40年近くが経った今となっては、もはやほとんどわからない水準までその遅れも薄まっているのではないかと。
唯一大きく違っているかもしれないのは、モンテレーナとスタグス・リープの今日でしょうか。「パリスの審判」での勝利が、両ワイナリーにとってどれだけ大きなパブリシティにつながってきたかというのは、ちょっと想像もつきません。暖簾価値が売上と利益を生み、それが品質向上のための投資に回り、さらに売上と利益を生むという上向きの螺旋運動。もしあの時の一発がなかったら、布袋ワインズの販売するシャトー・モンテレーナのワインは、今ほど高品質ではないかもしれません。
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立花峰夫:
ワイン専門翻訳サービス タチバナ・ペール・エ・フィス代表。ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
(タチバナ・ペール・エ・フィス: http://www.tpf.kyoto.jp)
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