あらゆる卸業、小売業にとって悩みのタネなのが売れない在庫です。ワインの輸入業者さんであれ、酒販店さんであれ、仕入れのときは十分に考えた末に「イケる!」と思ってお買い物するわけですが、その読み通りにならないことはあります。いろんな理由で思惑は外れるわけですが、後生大事に抱えていても仕方ない不良在庫と化したものは、何かの方法でつぶさなければなりません。
そこで皆さん、ほかに方法が無いとなったら、安売りをするわけです。輸入業者さんは「特別条件」なるものを問屋さんや酒屋さんに提示しますし、小売業者さんは「秋の大セール」といったフェアに、魅力的な値札をつけた不良少年や少女たちを紛れ込ませます。値引きが十分であれば、売り手側だけでなく買い手側も得をするわけで、まあウィン・ウィンの取引ではあります。
ただし、問題がひとつありまして、「廉価販売によるブランド価値の毀損」というものです。定価3000円のワインが、1000円で「もってけドロボー」売りされていると、そのあと売り手側が正しい(適正利益のとれる)値段で売るのが難しくなります。また、3000円で以前に買ったヒトが安売りの値段を知ると、なんとなく「損した感」が生じてしまうのです。なので、こうした不良在庫のつぶし作業は、できるだけ世間に知られないよう皆こっそりやるのですが、そのステルスにするのにもなかなかの苦労がありまして。ステルスにすればするほど、売り先が限られてしまうわけで、在庫つぶしが進まなくなるわけです。「よっしゃ、ワシとこでぜんぶ買うたろ」という、太いお客さんが都合よくいてくださればいいのですが。
この業界共通の悩みを、ちょっとスマートな方法で解決したワインの小売通販サイトが、このたびナパで誕生しました。Winecrasherというところなのですが、次のような仕組みです。
1)お客さんは、ワインの銘柄名がわからない状態で品選びをし、ある種の「ブラインドお買い物」をする。
2)ただし、ワインの産地、品種、評論家の点数やコメントなど、銘柄名以外の付帯情報は公開されているし、メールや電話でその他の気になる点をショップに問い合わせることもできる。
3)価格については、ネット市場における最低価格を標榜している。
4)購入が完了した時点で、はじめて自分の買った銘柄名が何かがわかる。
実際にこのサイトをのぞいてみますと、たとえば「2013 Santa Rita Hills Pinot Noir」という赤ワインが最安値保証の34.99ドルで売られています。平均市場価格は52ドルで、33%お得とのことです。ワイン・スペクテーターの点数が91点で、コメントも引用されています。
ナパのワイン業界で働いてきたNancy O'Connellという女性が、元同僚で今はイスラエル在住の共同経営者と一緒に立ち上げた、ベンチャービジネスだそうです。着想のもとになったのは、Hotwireというホテルの格安予約サービス。形は上記のWinecrasherとまったく同じ。サービス利用者は、ホテルが位置するエリア、宿泊価格と定価、ホテル評価サイトの口コミ評点だけで泊まるホテルを選び、予約・支払いをした時点で、はじめてホテル名が明かされるというもの(キャンセル不可)。なるほど考えたものです。
ただし、ネットに値段が出ないとはいえども、人の口に戸は立てられません。「Hotwiereのおかげで、あの●●ホテルに1万円で泊まれた!」みたいな書き込みは、ソーシャルメディアを飛び交っているでしょうし、完全なステルスにはできないですね。 Hotwire、サービス開始は2000年ということで、けっこう前からあるサイトのようですが、なぜ日本に上陸しないんでしょう。ケチケチ・トラベラーの私なら必ず利用するんですが。
まあホテルのことはホテル業界の人にお任せするとして、どなたか酒販業のかた、日本でWinecrasherの類似サイトを立ち上げませんか? 救われる輸入業者がけっこういるのではないかと思われます。
<参考サイト>
http://napavalleyregister.com/…/article_bb274d49-a563-5d59-…
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立花峰夫:
ワイン専門翻訳サービス タチバナ・ペール・エ・フィス代表。
ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
(タチバナ・ペール・エ・フィス: http://www.tpf.kyoto.jp)
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