9月のアタマ、国際的ワイン・コンサルタントのスティーヴン・スパリュア氏に、6年ぶりにお目にかかりました。いつお会いしても、氏の完璧なイギリス紳士ぶりには感服させられます。彼はいわゆる「ええとこのぼっちゃん」でありまして、イギリスの上流階級出身者に特有の気品は、御年が70を超えられてもまったく失われていません。偉ぶったところが少しもない、とてもいいヒトではあるのですが。
スパリュア氏は、フランス初の愛好家向けワインスクール、アカデミー・デュ・ヴァン・パリ校の創設者であられます。筆者は、そのスクールの日本校に割合長く勤めていましたので、スパリュア氏ともかれこれ長いおつき合い。しかし、仕事がらみでちょくちょく氏にお会いしたり、メールのやりとりをしたりするようになってから、「スティーヴンと呼んでくれていいよ」と言ってもらうまでに、なんと4年もかかりました。それまではずっと、「ミスター・スパリュア」「ミスター・タチバナ」と、堅苦しく呼び合っていたのです。うーん、イギリス紳士は違うなと。これがカリフォルニアのアメリカ人なら、ほとんどの場合は初対面のその瞬間から、「名字じゃなく名前で遠慮なく呼んでくれたまえ!」となるのですが。
閑話休題。スパリュア氏が世界的に有名になったのは、ワインの現代史を大きく塗り替えた大事件、1976年の「パリ・テイスティング」によってです。詳しい話が知りたい方は、以下リンクの拙稿をご覧ください。このテイスティングに、フランスワイン業界を代表する重鎮たちが審査員として集まったのは、若き日のスパリュア氏が、上品で洗練された物腰の超イケメンだったせいも多分にあるでしょう。
https://www.adv.gr.jp/pages/columns/special/160712-02
今回もスパリュア氏に少しインタビューできたのですが、氏曰くパリ・テイスティングの最大の意義とは、「無名の産地が有名の産地に戦いを挑み、勝利して名を上げるというテンプレートを作ったこと」。アイ・キャント御意モアであります。パリ・テイスティング以降、世界の王者フランスワインの元には、次から次へと宮本武蔵みたいな武者修行の道場破りがやってきては、「たのもう!」と叫ぶようになったのですね。
1970年代末に、オレゴン・ピノが有名になったのもそうした「異産地対抗試合」でしたし、最近ではイギリス産スパークリングがシャンパーニュを撃破して、けっこう話題になりました(なお、スパリュア氏は2011年ヴィンテージから、イギリス南部でワイナリー・オーナーとして、ブライド・ヴァレーという名のスパークリングの生産を始めています)。スパリュア氏自身が直接絡んだ異産地対抗試合としては、2004年に行われた「ベルリン・テイスティング」があります。当時はまだまだ「安ワインの産地」としか見られていなかったチリのカベルネが、ボルドー、トスカーナ、カリフォルニアの銘醸を打ち破ったのです。
さて、パリ・テイスティングから今年で40年が経ったわけですが、これからもこのテンプレートは引き続き有効なのでしょうか。つまり、いつの日か日本や中国、ブラジルやロシアのカベルネやピノなんかが、大物喰いの大金星をあげることはあるのだろうかと。その答えは、古典品種と呼ばれるフランス系有名ブドウの地位が、今後も変わらないのかどうかによりましょう。パリ・テイスティングのテンプレートとは、「古典品種」という共通の土俵で戦うことを、そもそもの前提としているからです。
世界の産地で育てられるブドウが、昔々大昔のようにバラバラになったならば、異産地対抗試合は同時に異種格闘技戦になってしまいます。猪木対モハメド・アリの「世紀の一戦」みたいなもんで、どっちが勝ったとしても、見ているヒトはあんまりピンときません。ルールが違うんで、まともな戦いにならないのです(猪木対アリの試合がどうなったか知らない方は、ウィキか何かで見てください)。たとえば、チリのパイスで出来たワインが、ルーミエのミュジニに勝ったとか言われても、なんだちょっと微妙ですよね。それってスゴいのかどうかが、よくわからないという。
世界のワイン造りは今確実に、土着品種の見直し・顕揚の方向へと向かっています。ジャンシス・ロビンソン女史は、今年春の来日時に昨今の土着品種ブームに触れながら、「あと10年もしたら、私は『がんばれカベルネ・ソーヴィニョン!』って言っているかもしれない」と笑っていました。彼女は20年前の1990年代半ば、カベルネのことを「ブドウの侵略者」と呼んでいたのです。世界中の畑がこのブドウで埋め尽くされつつある傾向に対し、警鐘をガンガンと鳴らしていたのがジャンシスでした。
今から10年後、私自身は生きているかどうかちょっと怪しいのですが、世界のワインがどう変わっていくのか、楽しみではあります。土着品種ブラボーはもっと大きな流れになるのか、あるいは一過性の流行で終わってしまうのか。土着品種全盛の時代が仮に来た場合、無名産地はどうやってスターダムにのしあがったらいいのか。やっぱり長生きできるよう、もうちょっと節制しないといけませんかね。朝から酒飲むのをやめよっと。来年から。
*********************************
立花峰夫:
ワイン専門翻訳サービス タチバナ・ペール・エ・フィス代表。
ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
(タチバナ・ペール・エ・フィス: http://www.tpf.kyoto.jp)
*********************************