ご存じのように、ブドウの摘みとり方法には手収穫と機械収穫があります。ソムリエ試験の勉強なんかで習うのは、「機械は早くて安くて人集めの苦労がないが、良果と不良果を選べない」、「人は遅くて高くて集めるのが大変だけど、良い房だけを選んで収穫できる」といったメリットとデメリットです。したがって、高級ワインの生産においては、たとえ高コスト・非効率であれ手摘みしかない、というのはワイン界のこれ常識。実体においても、概ねそれはまだ真実です。
ただ、人間が進化するには――たとえば倍の早さで手が動くようになるとかですが――、きっと何百万年単位の年月が必要なのに対し、機械は日進月歩で進化していきます。私たちが日々使っているスマホなどの携帯電話、20年前にどんなだったか思い出してみましょう。従って、収穫機械だっていつまでも昔のままではありません。ブドウ用の機械収穫機が発明されたのは、1960年代のアメリカ。ニューヨーク州コーネル大学の研究者で、ジェニーヴァ・ダブル・カーテンという仕立ての開発者として知られる「キャノピー・マネジメントの開祖」、故ネルソン・ショーリス教授が生み出したものです。そこから50年、機械収穫機は洗練を重ねて世界中で使われるようになりました。なお、筆者にとってこの機械は、「一度は乗ってみたい夢の乗り物ベスト3」に入っているのですが、いまだそのチャンスに恵まれていません。
さて、この機械収穫機、いま世界でどのぐらい使われているんでしょう。下記のWine Searcherの記事によると、カリフォルニアで全ブドウ畑の80%、フランスでは60~70%だそうです。カリフォルニアで主に使われているのは、セントラル・ヴァレーなど安価なワインの産地ですが、ナパの高級ワイナリーでも使っているところは別に珍しくありません(ボルドーの格付けシャトーだって一緒です)。カリフォルニアでは特にこの先、機械収穫が増えそうでして、というのも最低賃金の引き上げ(時給15ドルへ)、残業代支払い額のアップ(これまで残業代発生のラインが週60時間だったのが、週40時間へ)が近々予定されているため、人を使った収穫はより一層の贅沢になるのです。マリファナ合法化の流れの中で(11月上旬、カリフォルニア州でも娯楽目的のマリファナ吸引が合法になりました)、メキシコ人移民労働者をそっちの業界に取られてしまっているがゆえの、人手不足もあります。トランプ大統領が、違法滞在の移民を本格的に追い出しにかかったら、労働力不足はさらに深刻化するでしょう。コスト効率に優れた機械収穫へと、栽培家たちが流れるのは物の道理です。イタリア・トスカーナ州の数字なので、カリフォルニアに単純に当てはめることはできませんが、1ヘクタールの畑を手収穫するコストが1200ユーロなのに対し、機械収穫なら500ユーロで済みます(同じくWine Seacherの記事から)。もちろん、この数字はチリなどのように、労働コストが極端に安い国ではまた変わります。
前述のように機械収穫機は日々洗練されていっていて、未熟果だけが果梗から切り離されず、樹に残るような工夫もされていますし、フィルターに通すことで果粒以外の物質(葉っぱや果梗の切れ端など)も取り除けます。選果についても、機械収穫の前に人が畑に入って良くない房を予め落としておいたり、収穫後の粒を選果台で吟味したりといった方法で、ダメな果実が発酵タンクに入らないようにすることはできるのです。特に最近は、光学式選果機(一秒に何百コマ撮影という高速カメラでコンベア上の果粒を撮影し、不良果を風圧によって自動で弾く機械)というモンスター・マシンも、高級ワイナリーでは普及しつつありまして、こいつと組み合わせれば果実品質については手収穫と同等のところまで持っていけそうだと言われています。
また、近年マールボロのソーヴィニョン・ブランについての研究でわかったことですが、少なくともこの品種については機械で収穫したほうが、グレープフルーツやツゲといったこのブドウ独特の香り(チオール化合物)の量がべらぼうに増えます(10倍ぐらいに)。葉や房に物理的な力が加わることによって、いろんな生化学的反応が生じた結果そうなるようです。だから、マールボロの造り手なんかは最近、「ウチは機械収穫なんだぞ、エッヘン」と、ドヤ顔で話していたりします。
機械収穫機にはほかにもいいところがありまして、GPS装置を連動させてやれば、畑の細かい区画ごとの収量を自動計測することができ、ミクロな精度での畑の情報収集・管理に活用できます。しかし何よりも機械収穫の素晴らしいところは、適熟のタイミングを逃さないことです。運転する人さえいれば、ザクザクと猛スピードで摘みとりができるのですから、やっぱりこれは強い(とりわけ、果実の温度が低い、夜中から早朝にかけて簡単に収穫できるのは大きな利点です)。多数の人手の確保が必要な手収穫では、こうはいきません。収穫間際に暑い日が続くと、急激にブドウが熟していくので、大慌てで摘みとりをしなければならないのですが、その状況は同じエリアならどこも同じ。収穫人夫を臨時雇いの労働者でまかなっているワイナリー(ほとんどがそうです)の間で、人の奪い合いが起こります。うまく人手を確保できたところはいいのですが、お茶を引いたワイナリーは哀れ、一年の成果が干しブドウに近づいていくのを恨めしげに眺めることになります。
もちろん、今の機械収穫機だって万能・万全ではありません。果粒だけを茎から切り離して摘むという仕組み上、全房発酵や全房圧搾をするワインには使えませんし、望まない場合でも、運搬中にある程度の「スキンコンタクト」が生じてしまいます(ただ、果汁の酸化については、亜硫酸を適量添加することで防ぐことができます)。また、化石燃料を燃やして重い機械を畑で走らすのは、土にとっても環境にとってもよくはありません。樹体を激しくゆさぶるので、樹の寿命が短くなるという問題もあります。あと、急斜面の畑では当然ながら使えません。デメリットは今でもあれこれ、なくはないのです。
そうは言っても、もはや「機械収穫=悪」というステレオタイプは、通用しない時代になりました。ワイン造りについてのわたしたちの常識も、日々書き換えていく必要がありましょう。
<参考サイト>
http://www.wine-searcher.com/…/hand-harvesting-s-rage-again…
http://www.ajevonline.org/…/early/2016/05/26/ajev.2016.14132
http://ucanr.edu/repository/fileaccess.cfm…
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立花峰夫:
ワイン専門翻訳サービス タチバナ・ペール・エ・フィス代表。
ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
(タチバナ・ペール・エ・フィス: http://www.tpf.kyoto.jp)
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