ワインを点数で評価する場合、どんな尺度を使うにしても、「ここに何点」という配分があります。たとえば、ロバート・パーカーによる100点法の場合、基準点としてすべてのワインに50点が与えられた上で、残りの50点が、外観5点、香り15点、味わい20点、将来性10点に振り分けられています。UCデイヴィスの20点法の場合は、清澄度2点、色2点、アロマ2点、ブーケ2点、酸1点、バランス2点、ボディ2点、味3点、余韻2点、総合評価2点です。パーカー、デイヴィス方式の両方で、色・外観に全体の10分の1のウェイトが置かれていることになります。
私自身はワインを試飲する際に、点数をつけることはありません(コンテストの審査員は、話が来てもまず引き受けませんし)。が、講師をしているワイン学校の初級クラスの授業で、「ワインに点数をつけてみよう」というアクティヴィティがありまして、そのときぐらいはワインの採点をします。しかし、いまだに私は、ワインの色の何をもって、優劣をつけていいのかが皆目わかりません。醸造学的欠陥が原因と思われる混濁が見られたり、ヴィンテージの割に色が進みすぎていたりする場合などは、もちろん減点の要因になるでしょうけれど、その他の観点では何をもって良し悪しを決めるのか。pHが低いほうが赤ワインの赤色が鮮やかだとか、そんなことは物理または化学の法則としてあるのですが、「赤が鮮やかだからプラス1点」とか、やっぱりナンセンスですしね。
同じように、色の濃い薄いについても、品種や産地の推定につながる情報を与えてくれはしますが、それ自体に良し悪しはないはずなのです。なのですが、実際には赤ワインの場合、色が濃いもののほうが、世間や評論家たちの高い評価が得られやすいのは、今のところ事実なのであります。「わお、なんて色が濃いんだ。さぞかしパンチのきいた強いワインなんだろう。ういやつじゃ」ということですね。
カリフォルニアで栽培されている黒ブドウ品種に、ルビレッド Rubiredというものがあります。同州で栽培されている黒ブドウの中で第6位、2014年の統計で5,112ヘクタールと、相当な面積があります。この品種は1958年、UCデイヴィスのエラい栽培学者だったハロルド・オルモ教授が、交配によって開発したもの。ティント・カォンというポルトガルの黒ブドウ品種(ヴィニフェラ)と、アリカンテ・ガンジンという品種をかけあわせたブドウで、何分の1はアメリカ系品種の遺伝子が入った交雑品種です。タンテュリエと呼ばれる、果肉まで赤く色づいたブドウでして、栽培されているのはもっぱら安価なワイン用ブドウの一大供給地であるセントラル・ヴァレー。なお、この品種名がワインラベルに表示されることはまずありません。
ルビレッド、風味はともかく色がとにかく強烈な品種なので、ちょっと薄めの赤ワインに少量ブレンドするだけでも、その色をうんと濃くしてくれます。ただし、現在この品種の主用途は、いわゆる普通の赤ワインを造ることではなく、メガ・パープルという名がついた、「赤ワインの色を濃くする醸造補助剤」の原料になることです。
メガ・パープルは、世界最大のワイナリー・グループであるコンステレーション社の製品でして、この10年ぐらいで頻繁にその名を聞くようになったものです。ただし、意外にその歴史は古いようで、下記記事によれば1970年代から売られていたとあります。メガ・パープル、若者向けのエナジー・ドリンクみたいな名前ですが、これは要するに、上記のルビレッドの果汁を超ウルトラ濃縮加工した液体です。水の入ったグラスに一滴垂らすだけで、真っ黒けになるぐらいに強烈に色を強くしてくれますし、加えて甘味や果実味も補強してくれるというオマケがつきます。赤ワインの色を人為的に濃くしたい醸造家にとっては、便利この上ない道具なのです。
メガ・パープル、下記記事によると1ガロンあたり200ドル(1リットルあたり53ドル)と、かなり高価な醸造補助剤ではあるのですが、アメリカやオーストラリアの安価な赤ワインには広く利用されていまして、実際そうでなければ、5,000ヘクタール以上というルビレッドの栽培面積は説明がつきません(下記の記事内では、年間1万ガロンが販売されているとあります)。米や豪では、メガ・パープルの使用は合法なので、何ら後ろ暗いところはないはずではあるのですが、やっぱりちょっと「ズル」の感があるのでしょう、ワイナリー側がその使用を認めることはまずありません。ちなみに、メガ・パープルの使用がNGの欧州においても、この製品がけっこう内緒で使われているという噂を、以前にとある方から聞いたことがありました。詳しくは書きませんが、ラボでワインを成分分析にかけると、メガ・パープル使用の「状況証拠」をつかむことは可能なのだそうです。で、フランス・ワインからも、けっこうな頻度でその「証拠」が出てくるのだとか。ふーむ。
欧州での使用についてはさておくとして、少なくとも合法である限りにおいて、メガ・パープルを使ったって別にいいとは思うのです。もちろん、「テロワールが生んだ芸術品」みたいに喧伝されている、1本数万円のカベルネやピノに内緒で垂らされていたら、私だって良い気持ちはしません。が、1本1,000円の日常消費ワインについては、合法でありかつ健康被害がない限りにおいて、まあ何をしたっていいんじゃないでしょうか。コンビニで売っているオニギリに、多くを求めないのと同じ話です。ただ、「色が濃い=高級、上等」という価値観については、私はここで問題にしたい。
色が濃いワインへの信仰は、パーカーが生んだ「濃厚=高級、上等」という価値観の延長として生じてきたものだと思うのですが、ボチボチ古くなった靴として脱ぎ捨てていいのではないかと。もちろん、これからだって色が濃くて濃厚な味のワインがあってもいいのですが、色の濃さが自動的に高品質に結びつく尺度は、どう考えてみても歪んでいます。わかりやすいけれどつまらない比喩は、あえてここでは開陳いたしませんが。
イギリスの有力批評家であるジェイミー・グッドなんかは、去年ぐらいからしきりに、「色の薄い赤ワイン」絶賛キャンペーンを張っていますし、今後は少しずつ消費者の認知も変わっていくのかなあと、少々期待はしています。そんな時代が来れば、メガ・パープルもきっと今ほどには売れなくなりますし、ルビレッドの栽培面積も減っていくのだろうと。メガ・パープルのリアルな販売数量自体は非公表に決まっていますが、ルビレッドの栽培面積については毎年新しい統計が発表されるので(日本ソムリエ協会の教本にも載っています)、私たちでも動向を推し量ることはできるでしょう。これからの10年、ルビレッドの面積はどう変わっていくでしょうかね。パーカー時代の徒花よ、いさぎよく美しく散ってくれって感じであります。
<参考サイト>
http://www.greatnorthwestwine.com/…/10/27/mega-purple-podc…/
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立花峰夫:
ワイン専門翻訳サービス タチバナ・ペール・エ・フィス代表。
ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
(タチバナ・ペール・エ・フィス: http://www.tpf.kyoto.jp)
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