アメリカにはセラー・トラッカーというワインに関する有力口コミサイトがあります。2003年に生まれたもので、この種のワイン口コミサイトとしては最大のもの。現時点で45.9万人のユーザーが登録していて、登録されているワインの銘柄数は230万、テイスティング・ノートは650万件(一部はプロの評論家によるもの)もあるそうです。日本の「食べログ」のワイン版だと思ってもらえるとよいでしょう。世に出回るいろんなワインについて、飲んだ人(大半は一般の愛好家)が点数やコメントを投稿し、その平均点が掲載されるという仕組みです。一部有料のサービスもありますが、ワインの点数を見るだけなら無料。最近、スマホ用のワインアプリで、似たようなサービスを提供しているものが続々と出てきていますが、その走りですね。
最近、このサイトについてのちょっと面白い記事がでました。このセラー・トラッカーの評価点(一般人集団の平均)と、プロのワイン評論家がつけた点数の相関を、統計ソフトを使って調べました、というものです。比較相手に選ばれた専門家の評価媒体は、『ワイン・アドヴォケイト』(ロバート・パーカーほか)、『インターナショナル・ワイン・セラーズ』(スティーヴン・タンザー)、そしてジャンシス・ロビンソンです。
結果として、一般人の平均点と評論家の点数との間には、かなり強い相関がありました、というのがこの記事の報告内容です。むしろ、異なる評論家の間のほうが、相関が弱い場合があるのだと。ジャンシスとパーカーは味の好みがかなり違い、同じ銘柄の評価点にかなりの差がでることは昔から知られていますが、それがこの記事の調査でも統計的に裏付けられた形です。下記リンクの記事は英文ですが、わかりやすいチャートが掲載されていますので、ぜひご覧ください。記事中ではスピアマン相関係数という統計指標を使っていて、その数字が大きい(1に近い)ほど、相関が強いことを示しています。
まあさほど驚く話ではありません。ワイン評論家のすごいところは、その評価がブレず一貫しているところにあります。一方、一般人はしばしば、視野が狭くて評価が偏ったり、環境に影響されて点数がブレたりするのですが、そうした誤差や偏りは、たくさんの数の「声」を集めてやれば相殺されあって消えてしまい、最終的な平均点が妥当なところに落ち着くはずなのです。そもそも、ワイン評論家が地位を築くためには、多数の飲み手にその「評決」が支持されなければなりませんから、一般人の評価と強い相関があってある意味当たり前です。
ならば、プロのワイン評論家はこの先もう必要ないのでしょうか。上記の評論家のサイトはすべて有料ですが、セラー・トラッカーはタダです。点数だけ取り出して考えるのであれば、もうワイン評論家はいらないだろうと私は思います。ロバート・パーカーが、ボルドーのプリムール評価でスターになったヴィンテージは1982年、いまから30年以上も前のことです。インターネットなんかまだ影しかなかったその時代、専門家が下す託宣は人々が求めるものでした。100点法というわかりやすい指標も、新しいものでした。が、もうそんな時代ではなくなっているのです。今のところまだ、「セラー・トラッカー98点」よりも、「パーカー90点」のほうがワインの売上にはつながるのでしょうけれど、逆転する日はさほど遠くないのかも、と思います。ミシュラン☆☆☆と食べログの4.5点、どっちの影響力が強いかというのと同じ話です。ボルドー・プリムールのような、一部の専門家しか試飲できない段階のワインについては、また少し違う話ですが。
とはいえ、ワイン評論家を含む専門家たちには、「時代時代の価値判断を生み出す」という役割があります。美の要素を含むもの、すなわち芸術品や高級ワインみたいなものについて、何が今イケていて、何がイケていないかを決める人達というのが社会にはいます。例えば美術品の世界であれば、著名な芸術家、美術評論家、美術館の学芸員、美術商なんが該当し、そういう価値決定をする力のあるグループを、「アート・ワールド」と呼びます(アメリカの哲学者・美術評論家アーサー・ダントーの言葉です)。ワインの世界でいれば、パーカーやジャンシスのような評論家やライター、発言力のあるソムリエやワイン商、カリスマ・ワインブロガーなんかが、ワインの「アート・ワールド」を構成しているのでしょう。セラー・トラッカーによる集合知は、このアート・ワールドが設定した価値基準にのっかってワインを評価している限りにおいて、後追いの感は否めません。
そんなわけで私が今思うのは、
1) 既存の価値基準に則って、ワインの点数だけをつけているような評論家はもういらない。セラー・トラッカーやワインアプリの口コミサービスでよい。
2) ただし、新しい価値基準をつくり、世に広める役割は、まだワインの専門家に残されている。
3) とはいえ、今後は一般人の中からも、新しい価値基準を創れる人(インフルエンサー)が続々登場すると思われるので、恐竜のような昔ながらの評論家は存在を脅かされている。
4) 新しい価値基準の確立にあたっては、広い視野で文脈を捉え、先を見据えることが必要。その点において、フルタイムの評論家はまだ一般人に勝れる可能性がある。
というぐらいでしょうか。今から10年後、ワインの新しいトレンド発信を握っているのが専門家なのか、一般人の集合知なのかはよくわかりません。人工知能だったりするかもしれませんね。私自身はワインの評論家ではないものの、プロがメシを食いにくい時代に日々なっているなあとは感じています。
<参考サイト>
http://www.vox.com/…/15/13892364/amateur-wine-scores-critics
http://www.cellartracker.com
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立花峰夫:
ワイン専門翻訳サービス タチバナ・ペール・エ・フィス代表。
ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
(タチバナ・ペール・エ・フィス: http://www.tpf.kyoto.jp)
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