若いひとたちはワインをどんなふうに飲んでいるのでしょう?
個人的にはかなり知ったこっちゃないのですが、業界的には大問題でして、なぜなら年寄りはいずれ死ぬからです。日本の若者は人数が少ない上に、たいしてワインも飲まず、そもそも酒自体をあんまり飲まずと、ほとんどいいところがないのですが、アメリカの若者は違っておりまして、すでに市場を動かす存在になっています。
先日ウォール・ストリート・ジャーナルに掲載された記事、「ミレニアル世代はワイン市場をどう変えるか」から情報を拾ってみましょう。ミレニアル世代というのは、1980年から2000年までに生まれた15歳~35歳までの若年層を指す言葉。幼い頃からインターネットなどデジタルの世界に親しんできた、というのがその最大の特徴で、ワインに限らず「旧世界の秩序」を壊す世代だと目されています。
http://www.wsj.com/…/how-millennials-are-changing-wine-1446…
記事の中では、Wine Opinionsというカリフォルニアの調査会社が、様々な世代に属する2600人余りのワイン消費者に行ったアンケートの結果が紹介されているのですが、最も興味深いのはミレニアル世代の「点数」への距離です。この世代は、有名評論家が90ウン点をつけたからといって、ただちにそのワインを買おうとは思いません。点数評価やマス媒体の情報は「年寄りのもの」と考えられていて、頼りにされていないのです。重要視するのはワインの背景にあるストーリーと、友人・知人のアドバイスなど個人的なつながり。別の記事によればソーシャルメディアも大きな役割を果たしていて、回答者の6割がワインについてのコメントをFacebookで読んだり書いたりしたことがあり、7割は好みのワインの写真をアップしたことがあるそうです。
風変わりなもの、従来にない新しいものを次々に追いかけていくのもこの世代の特徴です(回答者の85%が、月に最低2、3回は初めての銘柄を試すと答えています)。若い人の集まるレストランでは、「ナパ産のカベルネや、ニュージーランド産のソーヴィニョン・ブランなしでもワインリストが成り立つ」のだと、ロサンゼルスにあるレストランのソムリエが話しています。一方で、「スロヴェニア産のシャルドネが山ほど注文される」そうでして、マイナーなものでも流行ると一斉にドドッと流れる模様です。いわゆる高級銘柄にさほどの興味を示さないのは、若いが故に可処分所得が低いせいもありましょう。ボルドー、ブルゴーニュ、シャンパーニュよりも、マルベック、ボージョレ、プロセッコ。ただ、アメリカのこの世代は頭数が多いので、流れに乗ると相当なボリュームがはけます(日本と違って、アメリカはさほど少子化が進んでいません)。プロセッコなどは今、あまりに売れて売れて品不足で困っちゃう状態になっているほどです。
現在40代半ばの私は、パーカーが最も勢いのあった時代(1990年代~2000年代前半)に若者でありワイン消費者であったので、ミレニアム世代の点数離れ・権威離れはとても感慨深い現象に思えます。プロセッコやボージョレのような傍流が、なんだかわからないうちに草の根的に主流になることも、です。ロバート・パーカーは、それまでのワインの秩序を形作っていた伝統や名声をすべてカッコに入れ、味わいの優劣だけをひたすら問うことによって、貴族社会を「民主化」したと言われます。しかしながら、次第にパーカーならびにその点数が新たな権威となり、再びワインは階級社会になりました。
だからこそ、デジタル世代の若者たちがいま、体制に向かってゲリラ戦を仕掛けているのは実にエキサイティングです。ボルドーやブルゴーニュなんか知るか、評論家なんて○ァック・オフ!といった声は、貧乏な若者にしかあげられないもの。既存の秩序をメチャクチャにする勢いでぜひとも頑張ってほしいと思います。アメリカのワイン消費量は、2013年にフランスを抜いて世界一になりました。世界一の消費地を動かす力をもつ世代は、世界のワイン業界を変えることができるはずです。かつて「怒れる若者」だったパーカーが、「ワインの帝王」になってしまったように、いずれはミレニアル世代も年をとって体制側に回るわけですが、その頃にはまた若い奴が「知るか」と言い出すのでしょう。
最近発表されたとある調査によれば、アメリカのワイン消費量はこの先10年、まだまだ増える見込みとのこと。フランス、イタリア、ドイツといった消費量2~4位の国々は減少傾向なので、さらに差が広がるわけです。この伸びの原動力になると目されているのは、ミレニアル世代よりもさらに若い、1995年以降に生まれた人たち。「お酒が飲める年齢になったら、ワインのことをぜひ知りたい」と考えているそうで、なんとかしこいお子様なのでしょう。日本では、40代、50代の中年世代が主にワインを消費していて、若年層は偽ビールやチューハイばっかり飲んでいるのですが、アメリカから若人のワイン熱が伝わってきてほしいと思います。
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立花峰夫:
ワイン専門翻訳サービス タチバナ・ペール・エ・フィス代表。
ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
(タチバナ・ペール・エ・フィス: http://www.tpf.kyoto.jp)
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