♪ 神様お願い、オプティカル・ソーターを買って。
♪ 友達はトリベを使っているのよ。アタシも張り合わなきゃ。
♪ ずっと働きづめなのに、誰も助けてくれないし。
♪ だから神様、オプティカル・ソーターを買ってちょうだい。
はい、そうです。ジャニス・ジョプリンの名曲、『ベンツが欲しい』の替え歌ですね。元歌はこちらで聴いてください。
マテリアル・ワールドに住む醸造家の皆様。欲しがる夢の機械というのはいろいろあるのですが、ここ数年でいうとやっぱり筆頭はオプティカル・ソーター(光学式選果機)ですかね。1台5000万円と、ベンツよりうんと高いのですが、選果の新時代を築いているモンスター・マシンです。値段が値段なので、かなり資金に余裕があるところしか使えませんが、メドックやナパなんかにいくと、「クラスの友達はみんな持ってるんだよ~。ウチも買ってよ~」状態になりつつあります。
オプティカル・ソーター、いくつかのメーカーが出しているのですが、その仕組みとは次のようなものです。除梗済みの果粒を機械に入れると、ベルトコンベアの上をピュンピュン飛ぶように流れていき、その粒を毎秒数百コマ撮影可能なカメラで撮影・スキャンして、色、形、大きさをコンピューターが高速で判断していきます。で、基準に合致しない不良果は、圧縮空気の風によってコンベアから取り除かれ、ラインからはじき出されるのです。どれぐらい厳しく選ぶかについては、未熟果、腐敗果など不良の種類ごとに細かく設定することができ、さじ加減を厳しくすると、一粒も出口から出てこないぐらいの鉄壁の守護神ぶり。2000年代末に実用化されたものですが、まあ立派なものでして、実際に動いているのを見ると、ある種の畏怖を覚えます。
現在の選果機の中で、最もメカメカしいのはこのオプティカルくんなのですが、「未熟果は完熟果より軽い」という性質を利用して、もうちょっとローテクな感じで自動選果をする機械もあります。ひとつはAMOSというメーカーが出しているトリベというやつで、これは除梗済みの粒を、比重を調整した水溶液の入ったお風呂みたいなのに漬けるのですね。そうすると、未熟果はプカプカ浮き、完熟果は底に沈むので、浮いているやつを取り除いてやると。ほかにも、DELTAというメーカーが出しているミストラルという機械もあって、これは強力扇風機みたいなので除梗済みの粒に風を当てて、未熟果や果梗の切れ端などを吹き飛ばすというもの。ミストラルはタイプによりますが、だいたい1500万円ぐらいということなので、オプティカルの3分の1ぐらいで買えます。
収穫した果実を発酵開始前に選ぶ、という今では当たり前になったこの習慣は、1970年代から1980年代にかけて、ボルドー大学の偉大なるペイノー大先生が高級ワインの世界にもたらしたものです。ベルトコンベアの左右におじさん、おばさんがずらりと並び、延々と目視で不良果を取り除く作業なのですが、これはまあとても疲れるのです。退屈ですし、長時間やっていると集中力も落ちてきます。人件費だってバカになりません。そこで、機械でやっちゃえという発想が21世紀になると出てきたわけなのですが、オプティカルをはじめとした自動選果機にも、批判がないわけではありません。
ひとつは、「性能が良すぎて、ヴィンテージの個性が奪われる」というもの。設定値をどれぐらいにするかによりますが、オプティカル・ソーターでは厳しく弾けば弾くほど、出口から出てくる果実は均質な熟度のものになります。雨が多かった年であろうと、日照りの年であろうと、毎年同じ質の果実が手に入ると。それはつまんないんじゃないの、という話でして、まあそう言われるとそうだということにはなりましょう。1990年代、ボルドーで果汁濃縮機が盛んに用いられた頃にも、まった同じ議論がありました。ただ、実際にはオプティカル・ソーターであっても、毎年の天候による変動幅を完全に均してしまうところまではいかないでしょうし、この批判はちょっと机上の空論っぽいですね。要は程度の問題であって、おじさん、おばさんが目と手でやる選果だって、必死にやればヴィンテージの個性が奪われかねない、ということになってしまいますから。
もうひとつの批判のほうがより本質的で、それは「出来上がったワインの品質が、よくなるとは限らない」というものです。どのワイナリーでも、新しい機械を買ったときは、それを使ったものと使わないものとで比較試験をやります。「機械のおかげで劇的に味が向上した」という声もたくさん聞かれ、だからこそどんどん自動選果機は普及しているのですが、「差が出ない」または「むしろ悪くなった」という結論になることも少なからずあるのです。考えられるのは、「高級ワインの複雑な風味には、ごく少量の不良果があったほうがいい」という可能性です。これは、それぞれのワイナリーがどんなテロワールでできた果実を使い、どんな醸造フローで仕込んでいるかなど、ほかの変数の影響をいろいろ受けて結果が変わるので、一般論として語ることは難しいのですが、実際に起きていることではあります。ボルドーのとある超金持ちシャトーでは、セカンド・ワインにだけオプティカル・ソーターを使い、グラン・ヴァンでは昔ながらの人手の選果を続けています。「理由はわからんが、人手でやるほうが実際に味がよいから」ということでした。
まあ、選果機に限らず、似たような話はいろいろあります。前回のモンテレーナの醸造フローもそうでしたが、新しいものが常に100%素晴らしいわけではないことも、ワインの魅力のひとつだなあと思うのでした。でもやっぱり、新しいオモチャは欲しいんですけどね、みんな。
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立花峰夫:
ワインスクール「アカデミー・デュ・ヴァン」スクールマネージャー。ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
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