カリフォルニア・ワインの造り手として、プロモーション・イベントで来日したり、雑誌のインタヴューに答えたりするオーナーや醸造責任者は、ほとんどがアングロサクソン系の白人です。しかし、カリフォルニアのワイン産地を訪問すると、畑やセラーで実際に手足を動かして働く人の大半が、メキシコ人をはじめとするラテン系の移民だというのがわかります。移民の労働力なしでは、アメリカのワイン産業は成り立ちません。
ワイン・サーチャーの記事から、ナパ郡についての数字をいくつか拾ってみましょう。人口統計によれば、ナパ郡の住民の33.9%がラテン系です。なお、2013年の時点で、移民労働者のうち1~1.1万人が正規の滞在許可を持っていないと見積もられており、これはナパ郡人口の8%弱に相当します。不法滞在者を含め、ナパにはたんまりとメキシコ人が暮らしているのですが、それでも近年ブドウ畑では人手不足が続いています。
そんな中、ドナルド・トランプ氏が大統領に。移民の受入れを厳しくし、不法滞在移民に対して厳しい措置をとることを公約にして当選しましたから、カリフォルニアのメキシコ人社会やワイン業界には大きな動揺が生じています。今でも足りてないのに、これ以上メキシコ人が減ったら、畑作業を機械化するしかないという声があちこちで聞かれるようになりました。ラテン系移民がいなくなったからといって、その仕事をアングロサクソンの非自発的失業者や低所得者層(いわゆるプアホワイト)がやってくれるかというと、実際にはそうでもないわけです。中でも不法滞在者の問題はいろいろデリケートで、何せ「不法」なもんですから、「人手が足りないから黙認しよう」とは建前上言いにくいのですが、一方で「誰が低賃金でしんどい仕事をしてくれるの?」というのは、現実的な問題として目の前にあります。
そんな中、ニューヨーク州のとあるワイナリーが、「移民エラいぞ」の熱いエールを送っています。ロングアイランドにあるビオディナミのワイナリー、シン・エステート・ヴィンヤーズです。ここは何年も前から、ワインに加えられた様々な物質(亜硫酸、清澄剤など)を、すべてラベルに書く内容物表示を行ってきている、アメリカでも数少ないワイナリーのひとつなのですが、またしてもやってくれました。アルダー・ヤローの記事によればこの2月、新しい裏ラベルができあがったそうなのですが、そこには「GROWN, PRODUCED, AND BOTTLED BY IMMIGRANTS(移民たちがブドウを育て、ワインを造り、瓶詰めした)」の文字がしっかり印刷されています。オーナー夫妻は、「過去25年、移民が一生懸命働いてくれたおかげで、どれだけ助かってきたことか。・・・・・・移民の力なしに、私たちが成功することは叶わなかった。・・・・・・そもそも、我々はもともと皆移民なのだ」と、アルダー・ヤローの記事の中でコメントしています。トランプ大統領の政策に対する意志表示なのは明らかです。
カリフォルニアのワイン・カントリーではすでに、「今年のブドウを誰が摘むのか?」という心配の声が多く聞かれるそうです。干魃がようやく終わってくれたと思ったら、今度は人手不足。「カリフォルニアはブドウの理想郷。いつも太陽がさんさんと輝き……」というステレオタイプがウソなわけではありませんが、現実的な諸問題はやっぱりあるのです。
<参考サイト>
http://www.wine-searcher.com/…/immigration-poses-questions-…
http://www.jancisrobinson.com/articles/wine-v-trump
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立花峰夫:
ワインスクール「アカデミー・デュ・ヴァン」スクールマネージャー。ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
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