つい忘れがちになることなのですが、ブドウの実というのは人間様のために成っているのではありません。あれはそもそも、野鳥に食べてもらうために用意されたご馳走なのです。「産めよ、増やせよ、地に満ちよ」というのは生きとし生けるものすべてに共通する願いなのですが、植物であるブドウは、遠くまで出かけていって、自分でタネを撒くということができません。しょうがないので、タネを美味しい果肉で包んで鳥に食べてもらい、どこかに運んでもらうように仕向けているのです。糞と一緒にタネが排泄され、糞がそのまま肥料になるというのですからよくできています。ブドウ、かしこい。
そんなわけですから、ブドウ畑には鳥がいっぱいきます。畑の立地によりますが、鳥が多いところでは、何も対策を講じないと根こそぎ食べられてしまうのです。オックスフォード・ワイン辞典で「鳥」という項目を引くと、「場所によっては、フィロキセラよりも深刻な被害をブドウ樹にもたらす現代の脅威。というのも、コントロールするのがとても難しいから」と書かれています。
鳥の被害を防ぐための伝統的な方法とは、視覚・聴覚に訴えて脅すというもの。キラキラ光るテープを張り渡したり、大きな音を鳴らしたりする、お馴染みのアレです。残念ながら、さほど効果はありません。鳥もそんなにバカではないので、すぐに慣れて怖がらなくなってしまうのです。一番効果的なのは、ブドウ樹の畝全体をネットで覆うというもの。被害を極小にすることはできるのですが、設置・除去の手間を含めてコストが高いのが難点です。
「ほほう」とちょっと感心するスマートな方法が、畑の上空を鷹、ハヤブサなどの猛禽類にパトロールさせ、それで野鳥を追い払うというもの。猛禽が飛んでいると、小鳥の類いは怖がってその縄張りに入ってこられません。ネットかけほど完璧な対策にはなりませんが、こういうエコ・システムを利用した防除は、自然派な人たちにもウケがよさそうですね。カリフォルニアには、鷹やハヤブサの「派遣サービス」があり、依頼すると鷹匠的な人がやってきて、猛禽を飛ばしてくれます。
さて、このへんから話がそんなにエコでもなくなっていくのですが、近年はこの猛禽パトロールを、ロボットでやるサービスも登場しています。オランダにあるベンチャー企業Clear Flight Solutionsは、ラジコン操縦の猛禽(Robirdといいます)を、畑に派遣するサービスを展開中です(下記ウェブサイトで、Robirdが飛んでいるカッコイイ動画がご覧いただけます)。利用料金は非公開ということなので、本物の猛禽派遣サービスより高いのか安いのかはわかりません。今は、鷹匠的な人がロボットを操縦して飛ばす形ですが、将来的には自動運転でパトロールできるようにしたいとのこと。そうなると、派遣ではなく買取りで、「マイ・ロボット鷹」を常時畑で飛ばすことができるようになりそうです。ま、幾らなのかによりますがね。なんでも、日本で鷹のヒナを買うと、40万円ぐらいするそうなので、それより安くなればアリなのかもしれません。すぐにはちょっと難しそうですが。
とはいえ、畑の作業をロボット化するというのは、とても21世紀的な方向性でして、目下いろんな研究開発がなされています。ドローンを使い、ブドウ畑の状態をセンシングするというのもそのひとつ。ロボット鷹も、ただカッコよく飛んで鳥を追い払うだけだとコストと効果が見合わない気がしますが、畑のセンシングを一緒にやってくれたりするようになると、いいのかなあと。
一方で、高級ワインのブドウ栽培では、「19世紀に戻りましょう」という流れがあって、「トラクターなんてイケてない。やっぱり馬が一番」とか言う人が日夜増えています。しかし、そのうち「ロボット馬」なんかも、きっと登場するのかなあと。で、このロボット馬も、やっぱり畑の状態をセンシングしたり、畝間をポクポク歩きながら、未熟果や腐敗果を食べて選果してくれたりするのではないかと。以上は私が今思いついた夢想にすぎませんが、あながちない話でもなさそうに思います。21世紀のブドウ畑ではきっと、想像した以上に騒がしい未来が、僕たちを待っているに違いありません。
<参考サイト>
http://www.cbsnews.com/news/a-vineyards-winged-protectors/
https://clearflightsolutions.com
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立花峰夫:
ワインスクール「アカデミー・デュ・ヴァン」スクールマネージャー。ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
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