2017年4月、小さな黒船が日本に来襲しました。その名はCORAVIN。英語圏ではコラヴィンと発音されますが、日本版の商品名はコラヴァンですので、以下ではコラヴァンと表記します。ワインを酸化させることなくチビチビ飲むための道具でして、アメリカのCORAVIN社が開発、日本における独占輸入元は株式会社シナジー・トレーディング。ワインアクセサリーの専門商社、日本クリエイティブ株式会社が販売元として取扱いを開始したところです。標準小売価格は、コラヴァン本体が65,000円~68,000円税別。ほかに消耗品として、ガスカートリッジと注射針(ニードル)があります。
ワインをグラスでサービスしているレストランやワインバーの最大の課題とは、「その日に売り切れなかったボトルの中身がいつまで使えるか?」です。ボトルに残った量にもよるのですが、「二日目…まあいいだろう/三日目…うーん、ちょっと厳しめなので、人(客)を見て出そう/四日目…赤ワイン煮込みに使うか」、みたいな判断は、どこのお店でもやっていらっしゃることでしょう。
一般の愛好家の方にも、似たような悩みはあります。「お酒にあまり強くないから、ひと瓶を一夜で飲みきるのはちと苦しい。でも、翌日になると味が変わっている。若い酒なら二日目のほうがおいしかったりもするが、古酒だと無残な状態になっている。悲しい」という感慨をお持ちの方は多くいるはずです。ワタシのように、朝7時に開けたボトルが8 時にはカラになっているようなアル中には、まったく無縁な話ですけどねえ。
業務店用には、この悩みを解消するデバイスがこれまでもありました。いわゆる「窒素ガスサーバー」というやつで、グラス売りに力を入れているレストランやワインバーで、ときどき見かけるやつです。悪くないのですが、「デカイ、高い」というのがデメリットでして、そこそこの規模の飲食店なら使えるものの、小規模店や個人ではとても仕入れられるものではありませんでした。また、窒素ガスサーバーには国産、外国産あわせて何種類かあるのですが、「コルクを抜いたときに、幾分か空気(酸素)が瓶内に入ってしまい、ワインと反応しちゃう」という構造的な問題が、ほとんどの機種にはあったのです。
長年続いたこの状況への美しいソリューションを、約3年前に提供したのがコラヴァンです。アメリカのベンチャー企業が開発したデバイスなのですが、あれよあれよいうまに大ヒット。これまでにはや、世界50カ国で使われています(日本は51カ国目の市場だそうです)。コラヴァンがどんな機械かは、以下の動画をご覧いただきたいのですが、コルクを瓶口から抜かない状態のまま、注射針をブスっとコルクに刺し、そこから不活性ガスを注入して中身のワインを必要量だけ押し出すという仕組みです。
http://coravin.jp/revolution/
(注意:音がなります)
このデバイスの優れたところは、小さいこと、相対的に安いこと(本体が1個あれば何種類のワインにでも使えます)、コルク栓を抜かずに中身のワインを取り出せることです。業務店や、ワイナリーのテイスティング・ルームでの使用が主たる用途になるでしょうが、個人で使う人も少なからずいます。ワタシのように、「栓を抜いたワインは1時間以内に必ずカラにする」ような人間でも、つい一台買ってしまったほどです。だって、新しいオモチャはやっぱり欲しいんだもの。
今のところ、スクリューキャップ栓と泡には対応していませんが(ただし、スクリュー用の「工夫」は開発中)、コルク栓のワインについてはほぼパーフェクトな機械だといえるでしょう。天然コルクのワインなら、メーカー曰く「10年はまったく状態を変えずに保存可能」だそうです。DIAMなどのテクニカルコルクの場合、保存可能年月が1年までになりますし、合成コルク(プラスチック・コルク)には使用不可だそうですが、ロスを気にしないといけないような高級ワインには合成コルクがまず使われていませんし、DIAMとかでも1年ももてば必要十分ではないでしょうか。
実際、コラヴァンが登場して以後、欧米の先進ワイン都市では、「一杯5万円のグラスワイン」とかを、バンバンとサービスする店が激増しています。昨年には、ヨーロッパのどこかの古城で見つかった、19世紀のワイン・コレクションの「味見」に、コラヴァンが使われたというニュースもありました。日本でも今後、この道具を使ってメチャ高いグラスワインを売る店はどんどん登場してくるでしょう。「ロマネ・コンティ1985、一杯60万円」とか。誰が飲むのかはさておき、現象としては面白いです。
日本には、「スナックやクラブで、キープしたボトルの酒を飲む」という文化もありますしね。今後、「ワイン・スナック アムール」みたいな店がいっぱいでてきて、「ママ、オレのムートン1986から2杯頼むよ」みたいな注文がされたりするようになると、ワイン消費の裾野も広がりますかねえ。主にオッサンたちにですが。ムートンを片手にカラオケでデュエットをしつつ、「ママ、オレ辛いんだよ。タンニンが心に染みるんだよ」、「わかるわあ」みたいな、ザ・日本な光景を早く見てみたい。
さて、このコラヴァン、アメリカで登場したのは3年ほど前なのですが、日本上陸までずいぶんと時間がかかったのには理由があります。コラヴァンで瓶内に充填する不活性ガス、日本以外の国ではアルゴンという希ガスが使われているのですが、日本版のみ窒素なのです。なぜ日本だけ窒素だかというと、日本の食品衛生法ではアルゴンが、添加物リストに掲載されていないため。ワインを含む食品の製造・保管に、アルゴンは使えないのです。一方、窒素については、平成17年の食品衛生法改正時にリストに載ったので、使えるようになっています。
そんなわけで、日本以外の国ではアルゴンが使われているのですが、日本のコラヴァンだけは窒素ガスを使っています。コラヴァンで使うという用途に限っていえば、アルゴンでも窒素でも、機能・品質上の差異はまあほとんどないのですが、消耗品であるガスカートリッジが、窒素だとちょっと高くなってしまうのが唯一の難点。世界50カ国で使用しているコラヴァン用アルゴン・ガスカートリッジと比べ、日本市場限定で生産している窒素のガスカートリッジは、製造ロットが小さいために、どうしても価格が上がってしまうのです。とはいえ、それでもコラヴァンが日本上陸したのはめでたいことこの上なしなのですから、少々高いぐらいは我慢しようではありませんか。
現時点での、日本版コラヴァンのガスカートリッジ(窒素)の価格(標準小売)は、2本で上代3000円税別(1本1500円税別)。カートリッジ1本で置換できる体積は、「約150mlのグラス12杯分」ということですから、750mlのフルボトル2.4本分。業務用の卸値で仕入れたとしても、グラスワイン用のフルボトル1本につき500円ぐらいのガス代がかかるという計算になります。
なお、アメリカにおけるコラヴァンのアルゴン・ガスカートリッジの価格は1本あたり9ドルほど(1000円程度)。加えて、同じ容量のガスカートリッジから出てくるガスの量は、アルゴンのほうが窒素より少し多いのです(1.25倍)。ということは、アルゴンのカートリッジの価格は、窒素の半額ちょっとぐらいの設定ということになります。今後、日本市場でのコラヴァンの人気が爆発して、窒素のカートリッジも同じぐらいの値段になってくれたらいいなあと思いますね。
それはさておき、3年前にアメリカでコラヴァンが開発された時点で、なぜ不活性ガスとして窒素ではなくアルゴンが採用されたのでしょうか。実は、ガス自体の価格はアルゴンのほうが窒素よりも高いのです。その秘密は比重の違いにありまして、これは醸造現場での不活性ガスの活用にもちょっと関わりがあります。
後編に続きます。
<参考サイト>
http://coravin.jp
https://www.coravin.com
販売元(日本クリエイティブ株式会社):
http://www.winex.co.jp/category/1494223862034/
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立花峰夫:
ワインスクール「アカデミー・デュ・ヴァン」スクールマネージャー。ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
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