カリフォルニア・ワインの歴史を調べていると、その曙においてミッション Missionという黒ブドウが大きな役割を果たしたのよと、必ず書かれています。かの地でブドウ栽培が始まったのは1770年頃、現在のメキシコから北上してきたフランシスコ修道会によるもので、ミサ用のワインを造るのがその目的、使われた品種がミッションでした(ミッションの語は、キリスト教の文脈で使われたときには、「布教活動」、「伝道団」、「伝道所」といった意味を持ちます)。このミッション種、栽培開始から19世紀半ばのゴールド・ラッシュの頃までの約80年間にわたって、カリフォルニア・ワインの屋台骨を支えたのです。
この頃、カリフォルニア州はまだアメリカ合衆国の領土ではありませんでした。1770年当時のカリフォルニアはスペインの植民地、1821年にメキシコがスペインから独立するとメキシコ領になり、アメリカ合衆国に編入されたのは1846年とまあまあ最近なのです。なので、ミッション種がもともとスペインの土着品種なのは不思議ではなく、故郷ではリスタン・プリエトと呼ばれていました。同じくスペインの植民地であったアルゼンチンやチリでもその昔、この品種はさかんに栽培されていて、アルゼンチンではクリオージャ・チカ、チリではパイスと呼ばれています。ワインにすると、色が薄く、酸が控えめになるのがその特徴です。
ミッション=パイスは、チリの地ではまだそこそこ生き残っていて(2014年時点で7,653ha)、南部の古木から造られたワインは過去数年ちょっとしたブームになっています。が、カリフォルニアにはほとんど残っていません。現在は内陸部のセントラル・ヴァレー南部に、約240haが残っているのみ。19世紀後半、フィロキセラ禍による植え替えがカリフォルニアで行われた際、植えなおされなかったのが減少の主原因だそうです。
しかし今、カリフォルニアで静かーにミッションが復活しつつあるのだと、『サンフランシスコ・クロニクル』紙のワイン担当ライターであるエスター・モブリーが、数カ月前にレポートしました。辛口の赤に仕立てられることもあれば、アンジェリカと呼ばれる伝統的な甘口のリキュール・ワイン(発酵前の果汁にブランデーを添加して発酵を止めたもの)に仕立てられることもあります。禁酒法を生き抜いた古木を使ったものもありますが、最近新しく植えた樹の果実を使ったものもあります。ミッションなんて新しく植えるかね、と首をかしげたくなりますが、世界的な「ヘンな品種ブーム」の中でけっこう引き合いがあるそうで、アマドア郡の現在の平均ブドウ引き取り価格(トンあたり2300ドル)は、ジンファンデルよりも高いのだと記事にはありました。
「ルーツのブドウ」というフレーズには、とても強いマーケティング効果があります。日本の甲州ブドウと一緒です。ジンファンデルをして、カリフォルニアの象徴品種と呼ぶことがありますが、こっちのブドウがアメリカに来たのは1820年代の末、カリフォルニアに来たのはゴールド・ラッシュの頃です。ミッションに比べれば若輩者ですね。
とはいえ、珍奇さやノスタルジーだけではその人気も長続きしません。ミッションが、チリのパイスと同じように、カリフォルニアで華々しくリバイバルするためには、やはりスター誕生が必須でしょう。ミッションから、カベルネの力強さや、ピノ・ノワールの色っぽさを備えた王道ワインが生まれる可能性はそう高くないように思いますが、うまくすればオルタナ系の新星になることができるかもしれません。かつては、ジンファンデルでさえも、「安酒用のダメなブドウ」と考えられていたのですから。だから、こうしているあいだにも、カリフォルニアのどこかで、ミッションを使った驚くべきワインが造られているかもしれないのです。そんなワインが遠くない未来に表舞台へと出てくるのを、楽しみに待とうではありませんか。
<参考サイト>
http://www.sfchronicle.com/…/Mission-revival-State-s-first-…
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立花峰夫:
ワインスクール「アカデミー・デュ・ヴァン」スクールマネージャー。
ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
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