若いときと比べて20キロも体重が増えてしまったのですが、そんな私にとってアメリカは素敵な国です。目を疑うぐらい大きな人がいっぱいいるので、とても心が安らかになります。とはいえ、肥満はアメリカでは大きな社会問題でして、「なぜひとは太るのか」を真面目に研究している人が沢山います。コーネル大学のブライアン・ワンシングという先生もそのひとり。心理学的アプローチで、「食べ過ぎ」がなぜ起きるかを考えていて、10年ほど前に『そのひとクチがブタのもと』というタイトルの本を出しました(タイトルはちょっとあざといですが割と真面目な本です/残念ながら絶版)。
この本にはいろんな「へえ」の実験結果が書かれているのですが、その中のひとつに映画館で食べるポップコーンにまつわるものがありました。映画を見にやってきた観客の全員に、無料のポップコーンを配ります。容器の大きさにはMとLの二種類があって、観客はランダムにどちらかを渡されるのですが、Mサイズでもとてもひとりでは食べきれないほどの量。映画が終わったあと、容器をすべて回収して食べた量を測定したところ、Lサイズの容器をもらった人はMサイズの人と比べ、平均で53%も多くポップコーンを食べたのだそうです。面白いのは、Lサイズだった人に対し、「容器が大きかったから、たくさん食べたんでしょう?」と尋ねると、「そんなことがあるもんか」とほとんどの人が否定したということ。無意識に食べちゃっているんですね。
容器や皿の大きさによって食べる量が変わるかどうかの実験は、世界中でこれまでに70も行われているそうでして、容器が大きいほどよく食べるというのは研究者の間ではすでに常識のようです。私も、明日からはお子様用の皿でなんでも食べるようにします。
レストランでグラスワインを売るときはどうでしょうか。グラスを大きくしたら、その分お客さんは沢山飲んでくれるのでしょうか。そうだと有り難いですね。簡単に売上を伸ばすことができます。そんな実験を最近行った人がいまして、ケンブリッジ大学のテリーザ・マルトー教授です。
地元のパブ・レストランを使い、16週間にわたって毎日グラスワインを提供するのですが、日替わりで三種類の大きさのグラスを使いわけました。容量250ml(小)、300ml(中)、370ml(大)のグラスです。グラスに注ぐワインの量は、どの大きさでも一律で175mlに設定します。結果を集計したところ、中のグラスを使った日と比べて大のグラスを使った日は、平均して売上が9%高かったということです。マルトー教授は、「グラスにちょっとしか入っていないよう錯覚するので、早く飲んじゃうんじゃないか」と言っていますが、やはり無意識の行動なのでしょうかね。なお、小のグラスと中のグラスの差はほとんどなかったそうです。
(ネタ元はこちら)
http://www.wsj.com/…/larger-wine-glasses-encourage-more-dri…
この研究をしたマルトー教授は、食にまつわる人間行動と健康との関係を調べている人なので、どちらかというと「どうしたら人はワインを飲み過ぎないか」に関心があるようです。上記の記事によれば、教授の研究に対して市当局や警察が興味を示しているそうでして、追試験の結果によってはグラスのサイズをお上が規制する可能性もあると述べられています。当然、お客が飲み過ぎないように小さいグラスを使いなさいというわけですね。うーん、けしからん話だ。
しかし、9%は微妙な数字ですね。グラスを大きくすると、グラスそのものの価格もたいてい高くなりますし、収納場所が余分に必要だったり、洗浄・拭き上げの手間がかかったり、あれこれコストがあがります。ポップコーンみたいに5割増しと景気よく増えてくれればいいのですが、1割程度ではコストに見合わない気がします。ただ、実験で使われた大のグラスの容量370mlというのは別にそんなデカいサイズではありません。リーデルのヴィノム・ボルドーグラスが、容量610mlですから。それぐらいのグラスを使えば、もっとどーんと増えるのかもです。デカいグラスにちょっとしか注がないと、かなりビンボーくさいのが難点ですが。
グラスの大きさをあれこれ工夫するのもアリですが、正攻法はやっぱり「おいしいワインをグラスで出す」ことでしょうか。というわけで、布袋ワインズのカタログをご覧ください。
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立花峰夫:
ワイン専門翻訳サービス タチバナ・ペール・エ・フィス代表。ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
(タチバナ・ペール・エ・フィス: http://www.tpf.kyoto.jp)
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