別に驚きはしませんが、ナパではカベルネ・ソーヴィニョンのブドウ取引価格が上昇を続けています。しかし、「ナパのカベルネの価格は、1995年と比べ4.5倍になっている」と聞くと、ちょっと驚きますよね。4.5倍はなかなかすごい。2016年時点で、栽培家がワイナリーに売るカベルネの平均価格は、トンあたり7000ドル近くになっているそうです。これは、5月にナパで行われた「第22回 年次ブドウ畑の経済セミナー」において、不動産評価・コンサルティングを行うThe Correia Coの社長であるトニー・コレイラ氏が発表した数字でして、ちなみにソノマのピノ・ノワールは3.5倍になりました。内陸部の産地におけるいろんな品種の平均価格は、同じ期間に1.5倍にしかなっていないので、ナパのカベルネは全体平均の3倍も大きく価格を伸ばしているということになります。詳しくは、下記Wines&Vinesのサイトをご覧ください。
コレイラ氏はセミナーの中で、「こんなに値段が上がっちゃうと、みんな他の品種を引っこ抜くから、ナパ中どこもかしこもカベルネが植えられるようになっちゃう。向いてない場所にまでカベルネが生えるようになると、低品質のワインが出てきてブランドに傷がついちゃう」みたいな発言をしています。お説ごもっとも。でも、誰だってカベルネを植えたいですよね。今のナパで、カベルネ以外の品種を植えるというのは、銀座四丁目の路面店で草履を売るようなものでして、草履が悪いわけではもちろんないのですが、もっとお金になる売り物が他にあるわけです。私がナパの栽培家なら、やっぱりカベルネを植えるでしょう。「あなたがたのうちで罪のない者が、まず彼女に石を投げなさい」であります。
「ワイン法の縛りがないカリフォルニアでは、どこに何の品種を植えてもオッケー。自由の国バンザイ」という考え方からすれば、ナパが単一品種の産地になっていくのはツマンナイことです。でも、それって伝統国の高名なワイン産地でも起きてきたことですから。「メドックにはカベルネばっかり植わっていて、ケシカラン」とは今日誰も言いませんし、メドックだってホントはカベルネに向いていない場所にもこのブドウが植わっていると思うのです。なお、19世紀の前半まで、ボルドー地方で最も広く栽培されていた品種はマルベックでした。しかし、フィロキセラ禍に伴う接ぎ木の普及に伴い、左岸はカベルネ、右岸はメルロが幅を利かすようになったのです(マルベックは接ぎ木すると樹勢が強くなりすぎるため、避けられるようになりました)。つまり、メドックのカベルネだってせいぜい百数十年の歴史しかないわけですし、その長くもない年月の中で、「カベルネは金になる」というので増えてきたのでしょう。
とはいえ、「全部の卵をひとつの籠に入れる」ことには、相応のリスクもあります。フィロキセラ到来のために、ボルドーはマルベックからカベルネ/メルロへと、品種を変更せざるをえませんでした。私たちが目下直面している大きなリスクとは、ご存じ地球温暖化です。2049年までに、世界の主要ブドウ栽培地域の生育期平均気温は約2℃上昇すると見込まれています。2℃というと、ボルドーとディジョンの気温差でして、いまピノ・ノワールを植えているコート・ドールに、カベルネ・ソーヴィニョンを植えましょうということになります。
ナパもまた、その頃にはカベルネの栽培適地ではなくなっているのでしょう。しかし、グルナッシュなりネロ・ダーヴォラなりに品種をスイッチしたとして、はたして今の名声を保ち続けられるのか。その点、百数十年前のボルドーはうまくやったわけですが、当時はまだワイン消費者の中に、「優良ブドウ品種」という概念がなかったですからね。シェーファーのヒルサイド・セレクト・カベルネ・ソーヴィニョンが、2049年にネロ・ダーヴォラになったとしましょう。同じぐらい美味しかったとしても、同じ値段で買う人がどれだけいるのでしょうか。その頃には、「優良ブドウ品種」の順列表が今とは変わっている可能性がありますから、実は心配ないのかもしれませんが、いったいどうなりましょうかねえ。
<参考サイト・文献>
https://www.winesandvines.com/template.cfm…
『等身大のボルドーワイン』安蔵光弘著(醸造産業新聞社)
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立花峰夫:
ワインスクール「アカデミー・デュ・ヴァン」スクールマネージャー。
ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
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