いやあ、自然派ブームは終わりませんねえ。ジャーナリストの皆さんが「そろそろ終了でしょう」と言い募っているにも関わらず、市場の熱狂さめやらず。まだまだ世界中で自然派は売れ続けそうです。
世論の高まりを受けて、EUが有機(オーガニック)ワインを法的に定義したのが2012年2月のことでした。それまでEUでは、「有機栽培ブドウを使ったワイン」とは名乗れても、「有機ワイン」とは言えなかったのです。似たようなものと思われるかもしれませんが、マーケティング効果にはけっこうな差があろうかと。一般消費者の皆様にとっては、「認定ソムリエ」と、「ソムリエ試験を受けたことがある人」くらいの印象の違いがあるではないでしょうか。
有機ワインをEUで名乗るためには、有機栽培認証を受けた畑のブドウを使う以外に、亜硫酸の添加量を通常より50ppm引き下げないといけません。辛口の赤ワインで100ppm、白・ロゼワインで150ppmが有機ワインでの上限値になります。これはまあまあユルい基準でして、5段階評価の通知簿で1が留年、2がギリギリ進級可というところの3という感じです。そんなわけでEUでは、有機ワインがどんどん造られるようになっています。
一方、わが愛するアメリカ合衆国はどうでしょうか。アメリカではEUよりずっと前から「有機ワイン」の法的定義がありました。しかしながら、アメリカ産の有機ワインを私たちが目にすることはほとんどありません。なぜでしょう。アメリカ人は自然を愛する心清き人ではないから? いえ、基準が単に厳しすぎるのです。
アメリカで「有機ワイン」を名乗るためには、亜硫酸を醸造・熟成過程で添加してはいけません。分析上の上限値は10ppm以下となっていますが、これは酵母が発酵の過程で亜硫酸を生み出してしまうことを考慮してのもの。10ppm以下なら加えていいというわけではないのです。大変にキツイ条件でして、通知簿で4だの5だのではなく、「学年トップ以外は認めんぞ」てなもんです。ちなみに、アメリカでは「有機栽培ブドウを使ったワイン」でも亜硫酸の量に制限がありまして、上限値が100ppm。ヨーロッパなら「有機ワイン」を堂々名乗れる成績なのに、アメリカでは「ソムリエ試験を受けたことがある人」の扱いです。ヨーロッパのワイン法は厳格で、アメリカはユルユルというイメージがありますが、こと有機については逆になっています。
亜硫酸をまったく使わずとも、偉大なワインが生まれることはありますが、それはかなり稀です。統計的に見るかぎり、亜硫酸無添加の米国産「有機ワイン」には、イケナイ匂いのするものが多くなります。UCLAのとある大学教授の研究によれば、米国産「有機ワイン」は、フツーのワインと比べて平均7%値段が安いそうでして、商売的にもあまりうまくいっていないのです。なので、造り手もごく一部の勇気ある人を除き、わざわざ「有機ワイン」を造ろうとしません。
そんな事情もあってか、アメリカではヨーロッパと比べて有機栽培のブドウ畑が少なめです。Research Institute of Organic Agricultureという団体の最新統計(2012)によると、アメリカの有機栽培ブドウ畑の面積は1.6万ha(国全体の2.7%、世界第4位)。1位のスペイン(8.1万ha、国全体の8.5%)、2位のフランス(6.5万ha、8.1%)、3位のイタリア(5.7万ha、7.5%)といったヨーロッパ諸国と比べると、ずいぶん見劣りします。それでも年々増えてはいるのですが。
とはいえ、アメリカのワイン産業が自然なブドウ栽培に消極的かというと、そんなわけではありません。ブドウ生育期間にほとんど雨が降らないカリフォルニア州では、もともと防カビ剤をまく必要があまりないため、減農薬の取り組みはフランスなんかより簡単なのです。
カリフォルニア州ではワイン・インスティチュートと、ブドウ栽培家の団体であるカリフォルニア・アソシエーション・オブ・ワイングレープ・グロワーズが、2001年に「サステイナブル・ワイングロウイング・プログラム」(持続可能なワイン生産プログラム)というのを共同で立ち上げました。2014 年時点で約1800 のブドウ栽培家、ワイン生産者が参加、カリフォルニア州におけるワイン用ブドウ畑の69%、ワイン生産量の68%がカバーされているというから立派なもの。2010 年には、第三者機関による審査を通じた認証制度もスタートしていて、認証を獲得している生産者も目下急速に増加中です。
このプログラムは、「環境に優しいこと」、「経済的に実現可能であること」、「社会的に公正であること」という3本の柱から成っています。みんな商売でワインを造っているわけですから、「経済的に実現可能であること」というのはとても大事ですよね。やりたい人は有機なりビオディナミなり勝手に頑張ればいいのですが、「有機にあらずはワインにあらず」みたいな風潮に全体が流れるのはヒステリックでいただけません。合理的に環境に配慮する、というのを最低ラインにすればそれで十分ではないでしょうか。そもそも、有機栽培にしたところで、100%環境に優しいわけではないのです。ボルドー液の毒性など、有機栽培にもいろいろとツッコミどころはあります。
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立花峰夫:
ワイン専門翻訳サービス タチバナ・ペール・エ・フィス代表。ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
(タチバナ・ペール・エ・フィス: http://www.tpf.kyoto.jp)
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