みなさま、あけましておめでとうございます。諸事情でおやすみをいただいておりましたインチキコラム、めでたく新年より再開いたしました。あらためまして、どうぞよろしくお願いいたします。
年末に、『おかえり、ブルゴーニュへ』というワイン映画を見ました。コート・ドールのドメーヌを、亡くなった父親から受け継ぐことになった三兄妹が、繰り広げる悲喜こもごものヒューマン・ドラマです。映像が大変に美しく、ワイン造りに関する描写もリアルで、ドラマの本筋ともども楽しめる映画でした。舞台となるドメーヌで、醸造責任者を務めるのは、三兄妹の真ん中の可憐な独身女性、ジュリエット。昨今、ブルゴーニュでも活躍する女性醸造家はいるっちゃいますが、男性と比べるとまだまだぜーんぜん数が少ないですね。だからこの映画でも、ジュリエットに醸造責任者の役割が振られたのでしょう。
だいたい、「女ナントカ」とか、「女流ナントカ」というように、特定の職業名の前に性別をつけて言うのは、その職業についている女性の数が男性と比べ、圧倒的に少ないからに他なりません(「女医」、「女社長」、「女流棋士」などなど)。これは記号論という学問において、「有徴」と呼ばれるものでして、マイノリティのほうの呼び名には余計な「徴(しるし)」がつくのです。マジョリティのほうには何にもつきません。「男医」ってまず言わないのと同じように、「男性醸造家」って、言葉として聞かないですよね。ただ単に、「医者」や「醸造家」と普通は言います。英語だと、男性(man)・女性(woman)という言葉そのものに、無徴・有徴の対比が織り込まれておりまして、男女平等というのはいにしえの昔までさかのぼる、とーっても根深い問題なのだなあと痛感します。
毎年年末になると、「グローバル・ジェンダー・ギャップ指数」なるレポートが発表されます。世界経済フォーラム(WEF)という国際機関が、世界各国の男女格差の度合いを数値化し、ランキングにしたものです。先日発表された2018年のレポートを見てみると、世界149カ国中で最も男女格差が少ないとされた素晴らしい国は、アイスランド。日本は110位で、主要先進国の中で最下位というまことに恥ずかしい成績でした。フランスは12位と優秀、アメリカは51位でまあまあというところでしょうか。これは、政治・経済・教育・保健の4分野を総合したランキングなのですが、職業における男女機会均等の目安となる経済の領域だけのランキングを見ると、フランスは63位、アメリカは19位と二国の順位が逆転し、日本は117位とさらにダメ度が増します。
相対的に女性の社会進出が進んでいる様子のアメリカでは、フランスと比べて女性醸造家、つまり女性の醸造責任者は多いのでしょうか。もうふた昔ほど前になりますが、1990年代後半からのカリフォルニア産カルト・ワイン全盛時におおいにスポットを浴びたのは、ヘレン・ターリーとハイディ・バレットというふたりの女性コンサルティング・ワインメーカーでした(一部になぜだか、「ヘレン・ターリーは女性ではない。あれは和田アキ子」と主張する向きがあるようですが、わたしにはよく理由がわかりません)。古くはゼルマ・ロングに始まり、ミア・クライン、ジャンヴィエーヴ・ジェンセン、ヴァネッサ・ウォン、キャシー・コリソン、メリー・エドワーズ、キャロル・メレディスなどなど、日本人でもアキコ・フリーマンや平林園枝と、カリフォルニアで注目を浴びる女性醸造家は少なくないような気がします。
ただ、以下のサイトに掲載されている調査数字を見ると、カリフォルニアに現在4,000以上あるワイナリーのうち、女性が醸造責任者を務めるところは約10%に過ぎず、やっぱり圧倒的な男性優位ではあるのです(なお、全米一の料理学校カリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカが選ぶ「醸造家 名誉の殿堂」に入っている女性は、キャロル・メレディス、ゼルマ・ロング、メリー・エドワーズの3人だけで、全体の6%強に過ぎません)。だからいまだにアメリカでも、「注目の女性醸造家特集」みたいな記事が、ワイン・メディアには出るのですね。社会一般に目を向けると、アメリカは管理職に占める女性の比率が43.6%(2015年)と、主要先進国の中では最も高いのですが(ちなみに日本は10%前後と、お話になりません)、ワイン製造業界はまだまだゴリゴリの男社会なのでしょう。もっとも、アメリカの社会全体を見ても、上級管理職になればなるほど女性の比率は下がっていき、主要上場企業500社で見ると、女性CEOの比率は5%弱だそうなので、どんな業界でもまだ「女にはトップは務まらん」という偏見が根強いのでしょうかね。
https://webpages.scu.edu/womenwinemakers/facts.php
さて、女性は男性と比べてワイン造りに向いているのでしょうか。「そんなもん、人による」というのが唯一の正しい答えでして、特定の職業について、男性に向いてるだの、女性に向いているだのと議論すること自体がナンセンスだと思います。「ワイン造りはやっぱり力仕事。フィジカルな面で劣る女性には向かない」とか、「女性のほうが嗅覚や味覚がするどい人は多い。だから向いている」とか、つまらん与太話はいくらでもできるのですが、やっぱり「そんなもん、人による」なのです。モヤシっこのワタシを秒殺できる膂力をもつ女性もいれば、毎食がカラ○ーチョという女性もいます(たぶん)。女性だから、男性だからという、しょうもない話題が出ないワイン製造業界に、各国ともさっさとなってほしいなというのが個人的な願いです。
これも昨年末の話ですが、世界最大のワイン企業であるコンステレーション社が、「2028年までの10年間に、女性によって率いられている新進の酒類企業を対象として、最低でも1億ドルの投資をする」という声明を出しました(以下リンクの記事参照)。理由は平たく言うと、「酒業界は、男ばっかでムサいから」であります。男性諸君は、「なんで女だけオゼゼもらえるねん。逆差別やないか。女性専用車両やないか」と、みみっちい目くじらを立てるのはよしましょう。そう、女性専用車両と同じく、これは一種の被害者救済策なのです。同記事によれば、2017年に新進企業へ投資されたヴェンチャー・キャピタルの資金のうち、女性主導の会社に向けられたものの比率はわずか2%しかありませんでした。社会的な不平等を是正することを、人は正義と呼びます。
https://www.thedrinksbusiness.com/…/constellation-to-inves…/
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立花峰夫:
ワイン専門翻訳サービス タチバナ・ペール・エ・フィス代表。
ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
(タチバナ・ペール・エ・フィス: http://www.tpf.kyoto.jp)
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