樹齢の高いブドウ樹から造られたワインにはプレミアムがつきます。たとえばシャンパーニュの誇り高いメゾン、ボランジェのヴィエイユ・ヴィーニュ・フレンセーズ。プレ・フィロキセラの古木から造られたこの年産3000本ほどのブラン・ド・ノワールのお値段は、2007ヴィンテージで8.2万円ほど(ワイン・サーチャー平均価格)。お安くないですなあ。ブルゴーニュだと、シャンボール・ミュジニの名門コント・ジョルジュ・ド・ヴォギュエは、特級ミュジニの畑を10.85ha中7.12haも所有しているのですが(白の区画0.65ha含む)、樹齢25年未満の「若樹」からのワインは、特級ミュジニとしては出荷せず、シャンボール・ミュジニ・プルミエ・クリュの名前に格下げして出荷しています。同じ畑で同じように造られたワインであっても、ミュジニとプルミエ・クリュではかなりの価格差がありまして、2016ヴィンテージのミュジニが10.2万円ほどなのに対して、プルミエ・クリュは3.7万円(同じくワイン・サーチャー平均価格)。同じヴィンテージで飲み比べると、確かに味わいの奥行きや凝縮感でかなりの差があるふたつのワインですが、3倍近い価格差が、基本的には樹齢だけで生じているわけです。
ただ、古木は樹齢が上がるにつれてどんどんと収量が減っていきますので(それが高品質の秘密でもあるわけですが)、バランスシートを考えると若木のたくさんとれるワインよりも相応に高い値段に売れないと合わないわけです。栽培管理の方法にもよりますが、だいたい樹齢20~30年ぐらいから、収量がどんどん下がりはじめます。しかし、高樹齢だからといって、必ずしもブドウが高く売れてくれない悲しい産地もありまして、そのひとつにカリフォルニアがあります。
カリフォルニアには、19世紀後半から20世紀のはじめに植えられた、極めて樹齢の高いブドウ畑がそれなりに残っています。「いくら樹齢が高くても、テロワールがダメならブドウのダメ」という話もあるにはあるのですが、他の条件が同じなら若木よりも古木のブドウのほうがよいのはよいわけでして、あとは栽培家の立場として「商売になるか」です。1エーカー(約0.4ha)の畑からブドウを何トンとれるか、というのはトンあたりいくらでブドウを売る栽培家さんたちにとっては生命線であります。若木のブドウからだと、ロダイのような安価なワインの産地でエーカーあたり8~10トンとりますし、ナパ、ソノマの高級産地の高級銘柄用のブドウ畑でも3~5トンぐらいはとります。が、樹齢100年の古木にもなると、とれる収量は0.5~1トンといった「ああ無情」なみみっちい数字になってしまいます。でも、そのブドウに5倍から10倍の値段がつくかというと、つきません。なぜなら、ブドウ品種がカベルネやピノ、シャルドネではなく、ジンファンデルやカリニャン、ペティト・シラー、アリカンテ・ブーシェ、マタロ(ムールヴェドル)といった、「昔なつかしのカリフォルニアの品種たち」だからです。
そういう古いブドウ畑はたいてい混植(フィールド・ブレンド)になっていて、数字にすればたとえばジンファンデルが7割、カリニャンが2割、ペティト・シラーが1割弱、その他もろもろが残りみたいになるのですが、区画別ではなくゴタマゼに植わっています。ゴタマゼに植わっているので、収穫もいっぺんにやり、醸造もいっぺんにやるのですが、これが近代醸造のワイン(区画別にブドウを栽培、収穫し、別々に醸造する)にはない独特の深みと複雑味を与えてくれる部分があるのです。なにより、ジンファンデルの非常に古い樹が、ほかの品種と混植されているような土地はカリフォルニア以外にはなく、そうした畑から生まれるワインは真の意味でユニーク、大切にしていくべきものだと私は思います。
その貴重な古木の畑たちが、近年消滅の危機にさらされています。ひとつはジンファンデルほか「オールド・カリフォルニア」品種の不人気。古いジンファンデルの畑はソノマに多いのですが、「ピノ・ノワールに植え替えたら、量が5倍とれる上にトンあたりの値段も高い」となったら、古木のジンファンデルを引っこ抜いてピノ・ノワールに植え替える栽培家を誰も責められません。もうひとつは宅地化の影響です。サンフランシスコ近郊のコントラ・コスタ郡にも古木の畑はまだ多く残っているのですが、どう考えても農地としてしょんぼりした量のブドウを採っているより、不動産屋に売っぱらって住宅にしたほうが土地の所有者は儲かるのです。そんなわけで、カリフォルニアの古木の畑は大ピンチを迎えているのであります。
この状況に待ったをかけようと2011年に結成されたNPOが、ヒストリック・ヴィンヤード・ソサエティという団体です。カリフォルニアの古木の畑から進んでワインを造っている生産者有志による団体で、カリフォルニアにある古木の畑を認定し、ウェブサイトに公開しています。認定基準は、「もともとの植樹年が50年以上前であること」「現在の畑の3分の1以上の樹が、畑が拓かれた際に植えられたものであること」「現在ブドウを生産中の畑であること」の3つで、現在認定を受けている畑は130弱、審査中の畑が100以上あります。記録が残っていないため、オリジナルの植樹年がはっきりしない畑もあるようですが、樹を見て「ああ、十分古い」ということがわかるならオッケーのようです。今のところ、啓蒙活動がおもなヒストリック・ヴィンヤード・ソサエティですが、将来的には認定ブドウ畑の税金控除なども目指しているようです。
で、肝心なところは、こうした古木の畑から生まれたジンファンデルほかのワインが美味いかどうかなのですが、ほんとうに美味しいのですよ。私は声を大にしていいたい。シャンパーニュやブルゴーニュの特級のように何万円の値段こそつかないでしょうけれど、1万円ぐらいの値段なら、もっとみんな飛びつくように買ってほしいのです。その売上がワイナリーから栽培家に還元され、ワイン好きの宝というべきこうした珠玉のブドウ畑が保存されるのですから。ヴォギュエのミュジニやボランジェのVVFの10分の1の値段で手に入り、それでなおかつ素晴らしく美味しいのですから、みなさんもカリフォルニアの古木ファンになってみませんか?
布袋ワインズが取り扱うブランドの中にも、こうした古木を大切にワインにしている造り手がいます。たとえば、来月(2019年6月)に日本にやってくる予定の「スリー」のマット・クライン。業界の方限定にはなってしまいますが、来日中はセミナーなども開催される予定ですので、ご興味のある方は下記あてお問い合わせください。
(布袋ワインズ株式会社:office@hoteiwines.com)
THREE:
http://www.hoteiwines.jp/winery/winery_detail.cfm?dmnID=79
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立花峰夫:
ワイン専門翻訳サービス タチバナ・ペール・エ・フィス代表。
ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
(タチバナ・ペール・エ・フィス: http://www.tpf.kyoto.jp)
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