ワイナリーにはやたらと犬や猫がいます。猫はもちろん、犬も基本放し飼い。小屋にしょんぼりつながれていたりはしません。犬は、ご主人である醸造家のあとをついてワイナリー内をうろうろ。猫はその性格上、人について回ったりはせず、陽だまりで丸くなって寝ていたり、ぼんやり欠伸を繰り返したりしています。
『モンドヴィーノ』という、2004年公開のワイン・ドキュメンタリー映画がありました。シリアスなフィルムなのですが、やたらと犬が画面に映ります。「あの映画は、モンドヴィーノ Mondovino(ワインの世界)じゃなく、モンドカーネ Mondo Cane(犬の世界)だ」と言っていた、ボルドー在住のアメリカ人ワイン商がいたぐらいです(注)。
知る人ぞ知る、ワイナリーにいる犬ばかりを撮影した写真集も外国にはあります。しかも、シリーズになっていて、オーストラリア、アメリカ、イタリア、ニュージーランドと、国別にあるのだからちょっと驚きです。
ワイナリーに犬や猫がいても、別に役には立ちません。ワインを盗みにくる泥棒などまあ希ですから(ないわけではありませんが)、番犬としての役割はほとんど期待されてないでしょう。畑のブドウを食べにくる、鹿などの野生動物を追い払う役目はあるかもしれませんが、ワタシの見る限りそんな重責を担っている犬は少ないように思います。猫はネズミ? しかし、ワイナリーには酒はあっても食べ物がありませんから、ネズミ捕りも期待されていないでしょう。
ご主人や訪問客を癒す――ほとんどの場合、そのためだけにワイナリーの犬や猫はいるのです。
とはいえ、ご主人さまの考えひとつで、ワイナリーの犬や猫は大きな貢献ができます。蔵の「看板犬/猫」として、マーケティングに使ってしまうという手法で。動物は、広告業界における「鉄板」のひとつ、これさえ出しとけばとりあえずは好感度を稼げるというキラーアイテムであります。だから、動物が登場しているワインラベルというのは多数あります。比較的近年の有名どころでは、ご存じオーストラリアのイエローテイル(ワラビー)。クラシックな例では、ドイツのツェラー・シュヴァルツカッツ(黒猫)が真っ先にあがるでしょう。
生産者一家のペットを、ラベルに登場させた例としては、布袋ワインズが輸入するフープラ(フープス)の一連のラインがあります。一家に愛されたテリア犬のダンテが好きだった投げ輪(フープラ)をラベルにあしらったものです。なお、惜しまれつつ他界したダンテに代わって現在は2頭の犬、マヤとソフィーがワイナリーの顔としての役目を受け継いでいるそう。そのうちこの2頭もラベルに登場しそうですね。
http://www.hoteiwines.jp/winery/winery_detail.cfm?dmnID=78
日本未輸入ですが、カリフォルニアのソノマ郡には、マット・リンチ・ワイナリーという、とにかく犬のことしか頭にない一家の蔵があります(http://www.muttlynchwinery.com/)。ラベルはもちろんイヌイヌイヌ。ワインが一本売れるごとに、ペットの命を救う動物救助団体に寄付をしているという、愛犬家の鏡的ワイナリーです。
本稿のサブタイトル、「Bark Less, Wag More!」は、このマット・リンチ・ワイナリーのキャッチフレーズでした。直訳すれば「吠えずに尻尾を触れ!」。だが、wagという動詞には「サボる、ズル休みする」という意味もあります。ワイナリーの犬猫は、やはり役に立たないのが本懐なのです。
(注)caneはイタリア語のdogに当たる言葉で、実際昔の有名なイタリア映画でそういうタイトルのものがありました。邦題は『世界残酷物語』で、世界中の野蛮で残酷な奇習・風俗を描いたドキュメンタリー映画。このフィルムの原題がもとになり、猟奇系ドキュメンタリー映画を総称して「モンド映画」と呼ぶことがあります。『モンドヴィーノ』の監督ジョナサン・ノシターは、ワインの世界の「野蛮・残酷な風俗」を訴えようとこのタイトルを付け、『世界残酷物語/Mondo Cane』へのオマージュとして、作品に犬を大量登場させたのでしょう。
<初出:一般社団法人日本ソムリエ協会発行『Sommelier』(2011年)、加筆修正の上掲載>
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立花峰夫:
ワイン専門翻訳サービス タチバナ・ペール・エ・フィス代表。
ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
(タチバナ・ペール・エ・フィス: http://www.tpf.kyoto.jp)
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