~RRVのテロワールとブレンドを考える~
カリフォルニアは広いです。一州だけで日本の総面積を上回りますし、フランスの総面積と比べても、8割弱あります。なので、「気候が冷涼で、優れたピノ・ノワールができる産地」といってもたくさんあるのですね。南から、サンタ・バーバラ、サンタ・ルチア・ハイランズ、サンタ・クルーズ・マウンテンズ、カーネロス、ロシアン・リヴァー・ヴァレー、ソノマ・コースト、アンダーソン・ヴァレーなど。当然ながら、流行廃りはこうした産地間でもありまして、いま人気なのは圧倒的に(トゥルー・)ソノマ・コースト、次点が根強い人気を誇るサンタ・バーバラというところでしょうか。「寒ければーそれでーいいんーだー」の、冷涼・寒冷至上主義が、目下カリフォルニアのPNシーンでは幅をきかせているのであります。
一方で、「いまどきナイよねー」と、ちょっとプロ/愛好家に思われている不遇な産地が、カーネロスとロシアン・リヴァー・ヴァレー(以下、RRVと表記)です。カーネロスは重粘土の土壌のせいで「もったりしたワインになる」と思われていますし、かつて一世を風靡したRRVは、今では「PNを育てるには暖かすぎるんじゃない」という、ちょっと不当な誤解にさらされており、お気の毒さまであります。というのも、RRVの中でも、かなり寒いところと暖かいところがあるからなのです。
RRVは、東西も南北も15マイル(約24キロ)ほどの長さがあり、コート・ド・ニュイの南北の距離が約20キロだというのを考えると、エリア別にテロワールの差があっても当然の大きさであります。地勢、土壌、気候のバリエーションはコート・ド・ニュイよりも大きいと言ってよく、土もいろいろですが、なんといっても海からの霧と風がどれぐらい入ってくるかで気温がずいぶんと変わります。彼の地の生産者たちは、以前からそうした差があることを意識していました。2014年以降は、30名以上のRRVの造り手たちが集まり、毎年熟成中のPNをブラインドで試飲→UCデイヴスで分析という手順を踏んで、「顕著な特徴」をもつ以下5つのサブゾーンに、RRVを分けるプロジェクトを続けています(地図も参照)。
1. Sebastopol Hills
→複雑で長熟。5つのサブゾーンの中で最も冷涼。
2. Green Valley
→スパイスと土の風味。全般に冷涼だが畑の標高によって異なる。霧が昼前まで晴れない。
3. Laguna Ridge
→柔らかく滋味深い。中庸の冷涼さ。穏やかな春と涼しい夏で、ハングタイムが長い。
4. Santa Rosa Plains
→ミネラル風味と活力。5つのサブゾーンの中では2番目に温暖。霧が晴れるのが最も早い。
5. Middle Reach
→ヴェルヴェットのように艶々。最も温暖で、霧の影響も非常に少ない。
さて、ギャリー・ファレルです。このワイナリーは自社畑を一切持たず、RRV中に点在する20箇所ほどの単一畑のブドウを、栽培家から購入してワインにしています。かつては自社畑を持っていたそうなのですが、手放してしまいました。「自社畑を持つと、出来の善し悪しにかかわらず、極力全量そのブドウを使わなければならないというプレッシャーが生じる。一方で、ウチは1980年代前半から、RRVで最良の栽培家たちと深い関係を維持してきているから、一番いい区画のブドウをチェリー・ピック(いいとこ取り)することができる。だから、自社畑を持つ意味があまりない。言葉を換えれば、20箇所の『ほぼ自社畑』を持っているとも言える」とは、支配人のナンシー・ベイリーの弁。ふーん、なるほどですね。なお、ギャリー・ファレルには、契約している栽培家のブドウ畑を管理する専属の常勤担当者が2名いて、畑に日参しては、樹冠管理(キャノピー・マネジメント)や、灌漑の実施などについて、かなり細かく注文を出しているそうです。たしかに、『ほぼ自社畑』とも言えるでしょう。ただし、これには例外があって、ロッキオーリのような超大物栽培家については、「よしなに~」で済ませているそう。ナンシー曰く、「誰もジョー・ロッキオーリに、どうブドウを育てたらいいかの指図なんてできない。私たちが彼に言うのは、『今年も素晴らしいブドウをありがとう』、それだけよ」。このあたりの力関係は、なかなか面白いですねえ。
ギャリー・ファレルは、この20箇所ほどの契約畑から、数々の単一畑名ピノ・ノワールを造っているのですが、いずれも大変に少量のため、ワイナリーの会員に直販するのと、テイスティング・ルームで売るのが精一杯だそうでして、日本を含めた輸出市場はもちろんのこと、アメリカ国内の一般流通にも乗りません。ただ、この20箇所ほどの畑からのワインをブレンドした、「ロシアン・リヴァー・セレクション・ピノ・ノワール」については、そこそこの量を造っており(といっても少量ですが)、日本市場にも輸入されています。
さて、この「セレクション」のブレンドPN、「単一畑産ワインの、比較的イケてない樽を集めて混ぜただけのもの」と考えられがちですが、実はそうではありません。ナンシーによれば、「単一畑PNとセレクションPNは、ソロ演奏とオーケストラ演奏の違い。セレクションでは、異なる畑がオケのそれぞれの楽器のように、異なる調べを奏でてハーモニーが生まれる。品質の優劣ではなく、個性の違い」。ブレンドのシーズンになると、醸造責任者のテレサ・ヘレディアほか数名のチームで、すべての畑の樽別の試飲を繰り返し、「これはソロ向きの樽。これはオケ向きの樽」と、ひとつひとつより分けて、セレクションPNを丁寧に組み上げていくのです(どちらにも向かない樽は、バルクで売ってしまいます)。その期間、なんと3週間。ハンパなく長い。ナンシー来日時のセミナーでは、ソロのPN5種と、セレクションPNを水平試飲したのですが、筆者が個人的にいちばん「旨いな」と思ったのは、セレクションPNでした。ソロのPNが、サブゾーンの特徴がそれぞれ出た、個性的で良質なワインなのに対し、セレクションPNはいわば美味しさのみを追求した無国籍料理の味わい。テロワールの個性という点では、ソロと比べて「ぼんやりとしたRRV」かもしれませんが、とにかくバランスがいいのです。ブレンドの妙技ですね。
PNの愛好家には、テロワールの表現を絶対神として崇めている方が多く、こういう無国籍ブレンドに眉をひそめる向きも少なくないでしょう。コート・ド・ニュイに置き換えると、「ジュヴレ+シャンボール+ヴォーヌのブレンド」みたいなものですから。ブルゴーニュフィルにしてみれば、「神をも恐れぬ冒涜、サタンめ!」になるんだろうなあ、と。ただ、このブレンドの話って、どこまでいっても程度問題なんですよね。たとえばですが、テロワール表現の神として奉られている、ビーズ・ルロワの例を考えてみましょう。彼女のクロ・ド・ヴージョは、斜面上部の区画と、斜面下部の区画のブレンドです。50ヘクタールもあるクロ・ド・ヴージョは、斜面上部(条件がよい)と斜面下部(水はけが悪く条件が悪い)で、まったく別の畑といっていいぐらいポテンシャルが違うことは周知の事実であり、このふたつを混ぜるのだって、無国籍ブレンドだと言えないことはありません。ブレンドする畑どうしの距離が、数百メートルなのか、数キロなのか、数百キロなのか、その差は重要ではあるものの、煎じ詰めれば、「完璧なテロワール表現ワイン」というのは幻想でしょう。ブドウ樹1本だけから造られたワインがあるならば、とお考えになるかもしれませんが、1本のブドウ樹の中でも房ごとに周囲の微気候は異なっていますし、もっと言えば同じ房の中でも粒ごとに微気候は異なります。
あともうひとつ、テロワールの表現というのを考えるうえで重要な要素があり、それは「畑、収穫ロットごとに、醸造を変えるかどうか?」です。ギャリー・ファレルについて言うと、創業者のミスター・ギャリー・ファレルは、すべての単一畑、収穫ロットについて、まったく同じ醸造フローを採用することで、畑の個性を純粋に表現しようとしていました。一方、現在ギャリー・ファレルの醸造責任者を務めるテレサ・ヘレディアは、畑や収穫ロットに応じて、その個性をよい方向に強めるべく、全房発酵の比率や抽出の方法・度合いなどを変えているそうです。どっちが「正しい」アプローチなのか、というのは当然ながら答えがありません。テロワールを楽譜だとするなら、そこから生まれてくるワインはひとつひとつの演奏です。楽譜の「余白」をあえて埋めずにニュートラルに弾くのもひとつのやり方ですが、「余白」を大胆に解釈し、弾き手の個性をぐっと前に出した演奏も、時には大きな感動を呼びます。皆さんは、どちらのアプローチがお好きですか?
残念ながら、日本市場ではテレサの造る単一畑のPNとセレクションPNを、比べて飲む機会が今のところ得られません(来日セミナーで試飲した単一畑PNは、ナンシーがセミナーのために特別に出してくれたサンプル品です)。ただ、もし機会がございましたら、一度セレクションPNを飲んでいただき、このコラムでつらつら書いたことを思い出していただきたいと思います。
●参考URL ギャリー・ファレルについて
http://www.hoteiwines.jp/winery/winery_detail.cfm?dmnID=81
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立花峰夫:
ワイン専門翻訳サービス タチバナ・ペール・エ・フィス代表。
ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
(タチバナ・ペール・エ・フィス: http://www.tpf.kyoto.jp)
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