遅ればせながら、『ナパ奇跡のぶどう畑』という本を読みました。シェーファー・ヴィンヤーズの現当主、ダグ・シェーファーによるワイナリーの物語です(原書刊行2012年、日本語版刊行2014年)。ワタシは、ワイン生産者当人が書いたものはその事実だけで尊ぶのを慣わしにしているのですが、この本もなかなかの良書であります。シェーファー・ヴィンヤーズ、あるいはナパの現代史に興味がある方は、ぜひお手にとって読んでみてください。すでに絶版ですが、古書はアマゾンほかで手に入ります(お取引先の皆様は、布袋ワインズの営業担当者に、「貸してくれ」と頼んでみてください)。
書評のコラムではないので、この本の中身についてあれこれ説明するのは控えますが、一点読了後に不満が残ったことは言わせていただきたく、それはダグ・シェーファー様が、「ナパのカベルネにおけるブドウの成熟度、ワインのアルコール度数はどれぐらいが適当か?」という、大変にクリティカルな問題について、ほとんど意見らしい意見を述べていないことです。2010年代に入り、いわゆるNew California Wineの一派が登場し、パーカーの影響力が衰え始めてからというものの、「ナパのカベルネ、アルコール15%っていうのはどうなの?」という異議申し立てが国外はもちろんのこと、アメリカ国内でもなされるようになりました。ナパのカベルネについては今も、ブルゴーニュ品種ほど、「エレガント化、または薄味化」が進んでいないとはいえ、往時に比べればカルトワインの皆様ですら、ちょっと大人しくなってきたと言われています。しかし、シェーファーはといえば、そんな流行廃りはドコ吹く風と言わんばかりに、どの赤ワインもアルコールは堂々の15%以上。すがすがしいぐらい、スタイルは一貫して変わりません。畑のエリアがスタッグス・リープ・ディストリクトなので、テロワール由来の特有の柔らかさ、エレガンスはあるのですが、それでも「アルコールが高く、濃密なワイン」陣営の代表格であることは間違いないでしょう。もちろん、今でもナパのカベルネの圧倒的多数がアルコール14%以上ですから、シェーファーだけが突出して高アルコールというわけではありませんが。
このアルコール問題について、ダグ様が何も語らないのが不満と申しましたが、品のなさでは人後に落ちないワタシがもし彼だったとしたら、「古典的ボルドーなんて、New Californiaなんて・・・・・・I would say, “Fxxk You Guys!!”」と中指立てちゃうところだと思います。が、人格者のダグ様はそんなバカ丸出しのことは言わないそうです(筆者は不幸にして、ダグ様にまだお目にかかったことがありません)。布袋ワインズの川上社長によればですね、「ダグは、自分と違うスタイルのワインを決して批判したり比べたりしない人です。彼はいつも『ボクはシャブリも好きだし、ドイツワインもよく飲むけど、あればあの土地の風土を最大限に表現しているから素晴らしいんだよ。ボクのワインをパワフルだ、高アルコールだと批判する人がいるのもよく知っている。でもボクたちが思う、ナパのスタッグス・リープ・ディストリクトというこの場所を最大限に表現したら、こうなったというだけのことだ。ここはシャンパーニュじゃないからね。ナパではまったく違ったスタイルのワインを造っている生産者もいて、その中には素晴らしいワインもたくさんある。ボクはその人たちを尊敬しているし仲も良い。つまり表現方法は人それぞれでいいということだと思うんだよね。皆はどう思う?』といったことを来日するたびに言っています。実際、まったく違ったスタイルのエレガント系の生産者達からも、『ダグ? あいつはいいやつだよ』という声をよく聞きます」とのこと。なるほど。
上記のダグ様の見解、価値相対主義というか、「世界に一つだけの花」的というか、「みんな違って、それでよい」は、とてもバランスの取れたものだと思いますし、文句のつけようがないです。こうしたスタンスだからこそ、彼はあえて自著の中でアルコールの問題に踏み込まなかったのでしょう。それでも、ワタシはあえてアルコールの問題には固執したい。なぜならば、アルコール度数がブドウの熟度という、ワインの根幹を成す要素のマーカーであり、かつ醸造プロセスで人為的に上げることも下げることもできるという複雑な現実もあって、「永遠に『正解』は出ないが、それ故に一刻一刻変わっていく外部環境に応じて議論を重ねるべきテーマ」だと思っているからです。
「アルコールが高くても、バランスが取れていればよいのだ」という主張は、以前から高アルコールワインを造る生産者たちが張る論陣の典型で、一般論として合意・理解する部分は大いにあるものの、「なにごとも程度が問題」という次元を切り捨てているように思われ、それで片付けたくありません。1970年代、ナパのカベルネのアルコール度数は12%台が普通でした。そこから50年、温暖化の影響はもちろんあるものの、今日のナパ産カベルネの比較的高いアルコール度数は、生産者が意図的に選択した結果であるところがかなり大きいのです。だからこそ、「ブドウの熟度は、アルコール度数はどれぐらいが適当なのか」という問題は、今でもホットなトピックだと。だって自然が与えたものではなく、人が選んでいるのですから、その大部分は(摘み取りタイミングはもちろんですが、クローン選定、植樹間隔などなども影響しています)。アルコール度数とブドウの熟度は、ワインの熟成可能性や、食事との相性にモロに影響しますしね(ただ、食事との相性については、どんな料理に合わせるかにもよるので、かなりややこしい話になるのですが)。ワインに何を求めるか、どんなTPOで飲むかによりますが、生産者がひとりひとり真摯にこの問題に向き合っている以上、ワタシたち消費・流通サイドの人間たちも、ここはこだわりどころではないかと。
これは何も、「アルコール15%が、高いアルコールがけしからん」と言っているのではありません、念のため。ワタシ個人の見解としては、「糖度23度付近で完熟した状態のブドウを摘み、人為的な調整をせず12~13.5%ぐらいのアルコールで仕上がったワイン」が、幅広い食事に合いやすく、好ましい熟成カーヴを描くように考えていますが、「もっと低いアルコールがいい」という人も、「もっと高い・・・」という人も当然いるわけです。「いやいや、糖度30度ぐらいで摘んで、逆浸透膜で13%付近までアルコールを下げたワインがベスト」と考える人もいるでしょう。だからワタシは、いろんな文脈を考慮しつつ、生産者、流通、消費者の全員で、ああだこうだと意見を戦わせたいのです。なお、前段でナパのアルコール度数が上昇していることに触れましたが、そんなことを言えばボルドーだって同じで、戦前は補糖しても9%~11%ぐらいのアルコールしかなく、それでも偉大なワインだと考えられていました。しかし、20世紀の後半に入ると、栽培技術の進歩があって、もっと熟したブドウから、アルコール12.5%や13%のワインをどうにか造れるようになり(これも人の選択の結果です)、一般的にはよかったよかったとなったものの、カーミット・リンチ(注:アメリカに自然なワインを紹介したパイオニア的ワイン商)のように、「ボルドーがボルドーらしかった最後のヴィンテージは1981年」と断言する人もいます、少数派でしょうが。
ボルドーのアルコール度数の上昇はしかし、12.5%や13%で止まりませんでした。彼の地の生産者たちは愛国主義のあまり、ナパのカベルネについて、「あんな濃くてアルコール臭いカベルネなんて・・・・・・ああ考えただけで蕁麻疹でちゃう」と、さんざん悪口を言い倒してきたのですが、そんなことを言いながらも、パーカー全盛期の1990年代から2000年代にかけて、じりじりブドウの熟度、ワインのアルコール度数を上げてきていたのです。で、パーカーが退場して、「さあ元通りクラシックなワインを造るぞ」と思ったときにはすでに遅し、地球温暖化のせいで、たいていのヴィンテージには濃いワインしか造れなくなってしまっています。右岸の高級メルロでは、いまやアルコール15%オーバーは当たり前、左岸の高級カベルネでもアルコールが14%に達するのはまったく珍しくありません。
ところが、ここにきて新たなアメリカ人のキー・プレイヤーが登場しまして、ご存じドナルド・トランプ大統領です。フランスワインについて、25%の関税をかけるよーんと。25%とはエグいです。アメリカ国内での販売価格は、この25%が載った値段にさらに消費税がかかりますから、実質的な値上げ幅は3割ぐらいになります。いかに贅沢品の高級ボルドーとはいえ、3割の値上げはイタタタタ、目尻から思わず涙がこぼれるぐらいのインパクトです。しかしながら、この高関税ぶっかけ政策には抜け穴がありまして、なんとアルコール14%以上のワインは対象外だという。トランプはパーカーの友達なのでしょうか? 酒飲まないくせに? なぜここで線を引いたのかについて、アメリカ政府は一切説明をしていないので、真相はいまのところ謎ですが、これは将来のボルドーにとって福音となるのか、それとも毒入りのエサになるのか? アメリカは高級ボルドーの最重要市場のひとつ、そこでの売上を考えないわけにはいきません。さあ困ったぞ。このへんの話、ゲリラ・ワインライターのウィリアム・ブレイク・グレイがワイン・サーチャーの記事に書いていますので、興味がある方は以下のリンクを踏んでくださいませ。
https://www.wine-searcher.com/…/tariffs-could-see-alcohol-r…
この先、いったいどうなるのでしょう。ここ最近、どうにかしてアルコールを減らそうとしていたボルドーの格付けシャトーが、今後は堂々とアルコール14%以上のワインばかりを生産するようになり、「ボルドーのナパ化」がさらに加速するのでしょうか。ブドウが熟さなかった不幸なヴィンテージには、昔ながらの補糖や、逆浸透膜などのテクノロジーを使って、14%以上に無理矢理するとか? あるいは、現場は面倒なことこの上ないでしょうが、アメリカ向けのロットとその他の市場向けのロットを分けて醸造するとか? こないだ、メルロに代わるであろう候補品種としてトゥリガ・ナシオナルとかのブドウに門戸を開いたのに(今のところAOCボルドーとボルドー・シュペリュールだけですが)、あらためてメルロを増やすとか? いろいろ想像のタネは尽きませんが、いやあ面白くなってきたぞと思ってしまうワタシは性悪です。ただし、トランプの関税は、同じボルドーでも、比較的熟度の低いブドウを使ってワインを仕込まざるをえない、いわゆる「ヴァリュー・ボルドー」な人々にとっては悪夢でしかなく、タダでさえ多くが非常に厳しい経営状態なのに、トドメさされちゃうじゃんと、その点については人並み以上に心配しております。
ダグ・シェーファーさま、今年の初夏に来日したときには諸事情でお目にかかれなかったのですが、次回の来日時には、ぜひこのへんのアツい話をしてみたいもんだと思います。創業者であるジョン・シェーファーさまが今年大往生し、二代目としてワイナリーを100%背負うことになったダグさま。価値相対論から一歩踏み出して、あえて「俺の信じるカベルネ道、アルコール道」を力強く語ってもらえたら嬉しい限りです。
●シェーファー・ヴィンヤーズ 商品紹介ページ
http://www.hoteiwines.com/winery/winery_detail.cfm?dmnID=632
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立花峰夫:
ワイン専門翻訳サービス タチバナ・ペール・エ・フィス代表。
ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
(タチバナ・ペール・エ・フィス: http://www.tpf.kyoto.jp)
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