先日、誰もがご存じのとある超有名インポーターの社長さんとお話をしていた際、その会社の入社試験の一次審査が、「ワインと私」というタイトルの小論文だと伺いました。字数無制限。これは大変に面白い。
かれこれ17年間、ワインについてモノを書いてお金を頂戴しているのですが、「ワインと私」というテーマでの原稿依頼はなく、自分自身でも考えてみたことはなかったのです。本格的にワインを飲み始めて25年ほど、血と汗こそほとんどないものの、笑いあり、涙あり、増え続けるγ-GTPの値と、減り続ける預金残高と闘いながらの歳月ではありました。ちゃんとした年代記を書くとすると、『大菩薩峠』なみの大作になりそうなところですが、そんなものは誰も読まないので、まあせいぜい1,000字か2,000字ぐらいにまとめるのがいいのでしょうかね。
はてさて、どんなものを書いたら二次審査に進めるのか。いくつか試しに書いてみました。
<パターン1:生粋のサラブレッド型>
「カリフォルニア州M・T・P様 父が『ジンファンデルのゴッドファーザー』と呼ばれているワイン生産者だったこともあり、私は5歳のときからブラインド・テイスティングにいそしみ、ジンファンデルとメルロを利き分けることができました。その頃、全房発酵で初めて仕込んだピノ・ノワールが、地元の有名レストランにオンリストされたときはとても嬉しかったことを覚えています。その後、大学では好きだった歴史学を修めたのですが、父ゆずりのDNAのせいでしょうか、古木の畑にフォーカスしたワイン・ブランドを、父の支援のもとに10年ほど前、立ち上げることになりました。そのワインは瞬く間に世間の評判となり、いまではカリフォルニアの新世代の旗手のひとりと呼ばれるまでになっています。そうしたワイン造りのかたわら、勉強好きの私はマスター・オブ・ワインのプログラムにも参加し、2017年に合格してしまいました。そんなわけで、36歳にしてワイン業界ですることがなくなってしまった自分なのですが、このほどワイン輸入のビジネスを学びたいと思い、御社の求人に応募させていただいた次第です」
ハイ、合格。まあこういう人は10万人か100万人にひとりぐらいしかおらず(実在の人物です)、ウソをついてもすぐバレるので、普通の人は違うアプローチでいきましょう。
<パターン2:苦難訴求型>
「兵庫県A・N様 神戸の空襲で両親と家を失ったのは、私が14歳のときでした。4歳の幼い妹を連れて焼け跡をさまよっていた私は、しきりに空腹を訴えて泣く妹をなだめるために、ブドウの絞りカスを発酵させて、ワインに似た飲みものを醸したのです。意識朦朧としていた妹は、その飲みものをワインだと思ってガブガブ飲んだので、私は『これピケットやろ。ワインちゃうやんか』と・・・・・・(後略)」
泣ける話ですが、盗作はいけませんね。後略とした部分では、蛍が死んでしまいます。だいたい、絞りカスを発酵させるためには砂糖がいるので(砂糖を加えないとアルコール3~4%にしかならない)、わざわざピケットにしなくても妹に砂糖をなめさせればよろしい。よって不合格。ただ、「ペットナットの次はピケットが流行る」と予言している識者がいる昨今、そこに目をつけたところは評価できます。ブドウの絞りかすに糖分と水を加えて再発酵させたピケット、フィロキセラ後のワイン不足のときには偽ワインの一種としてたくさん出回りました。今でも、収穫人夫にふるまったりするために、造っているワイナリーはあります。自然派生産者のピケットはとりわけ、今ちょっと注目のようです。
<パターン3:誇大妄想型>
「ベツレヘムJ・C様 私はその昔、水をワインに変えたことがあります。それから2000年のあいだ、ワイン造りやその販売に携わる人々がずっと待ち望んでいるので、そろそろワインを利益に変えようと思います」
素晴らしい。本当なら無条件に合格にしたいところですが、まずもって二度目の奇跡は起きないので、不合格です。人類史上、もっとも有名な宗教家のひとりを詐称するとは恐れ多いにもほどがあります。
<パターン4:宝塚>
「兵庫県氏名不詳 ワイン~♪ それは愛~♪ それは夢~♪」
不合格。
飽きたので茶化すのはこのへんにしておきますが、「ワインと私」、シリアスな愛好家の人はもちろん、ワイン業界人にとっては、まじめに作文をしてしかるべきテーマです。ワタシが敬愛してやまないとあるイギリス人ワインライターが昔、「ワイン業界は、扱う対象への純粋な愛によって動いているところが、ほかの業界とは違う」的なことを書いていました。ワイン業界に限らず、「好きを仕事にする」系の業界はどこでもそうでしょう。私がワイン以外で足を掛けている業界だと、翻訳の世界についても同じようなところはあります。対象への「愛」は、「安くても我慢してしまう」という悲しい習性と表裏一体なので、業界の所得水準がなかなか上がらないという弊害を伴いますが、起きている時間の半分を費やす「お仕事」が、楽しいにこしたことはないよなと、ワイン業界22年目のワタシはしみじみ思います。ワタシは他業種から参入したので、ことさらにその想いは強いのです。
業界の集まりには参加するほうですが、皆さん、寄ると触るといつでもワインを飲んでいるなあと感心します、ホントに。ワイン業界で働いているけれど、実はワインが好きではない、という人にも会ったことがありません。体質的にほとんど飲めない人もいますが、それでもみんなワインが大好きです。自分の愛するワインを、友人あるいはお客さんと分かち合いたいと、皆が心底思っているって、素晴らしいと思いませんか。上述の宝塚原稿に、脊髄反射で不合格を出してしまったワタシですが、まさに「ワイン~♪ それは愛~♪ それは夢~♪」なのですよ。
好きを仕事にしてくれる人がいる限り、所得水準はともかく業界としては安泰だなあと楽観してはいるものの、セグメント別で見ると、「危ういなあ」という場所はあります。いろいろやらないと正直食えないので、業界内でたくさんの帽子をかぶっているワタシですが、一応は「日本・ワイン業界県・書きモノ村」に住んでいることになります。この書きモノ村、近年過疎化が顕著で、ワタシを含めて年寄りばっかりという大変に危機的な状況です(若干の例外はありますがね)。なぜ過疎の村になってしまったかについては、いろいろ構造的な原因があるのですが、それをここで書くと真面目に村八分にされるので、書けません。あしからず。ただこの書きモノ村、お金持ちには決してなれませんが、夢のような時間がたくさん持てる美しい村でもあるのです。このコラムを読んでいる人の中に、若い人がどれぐらいいるのか存じませんが、興味や野心があればぜひ一度、書きモノ村に足を運んでみてください。日本のワイン関連専門媒体は、どこも書き手不足にあえいでいるので、それこそ「ワインと私」の原稿を封筒に入れて、編集部御中で送ればきっと読んでもらえます。
ワインのライターになりたい、ワインの翻訳をしたいという夢見る若者(35歳以下)がいらっしゃるなら、面倒見の悪いことで有名なこのワタシも、及ばずながらお手伝いをさせていただく所存です。本気なら、このコラムのコメント欄に「連絡請う」と書き込んでくださいまし。「頑張れば道は開けます」みたいな屁コメントはせず、耳に痛いかもしれませんが真面目に助言いたします。
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立花峰夫:
ワイン専門翻訳サービス タチバナ・ペール・エ・フィス代表。
ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
(タチバナ・ペール・エ・フィス: http://www.tpf.kyoto.jp)
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