みなさま、新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします(ぺこり)。
このコラムを、シャンパングラスを片手にお飲みになられている方も多いでしょうね。さて、百貨店で買った、1万円ほどのそのシャンパンが、政治的な理由である日を境に、突如2万円になったらどうします?
偉大なる指導者、禁酒主義者のトランプ大統領さま率いるアメリカ合衆国では、いままさにそうしたことが起ころうとしています。シャンパンを含むフランス産スパークリングワインについては、どうやらそうなりそうな疑いが濃厚、最悪のケースでは泡も白も赤も、アルコールが高いものも低いものもひっくるめたすべてのEU産ワインに対し、100%の追加関税が課されるという危機的な状況が出来しそうなのです。
ここに至る経緯は少々複雑なので、以下に整理します。
まず、アメリカとEUは、2004年から自国/自経済圏の航空機メーカー(米:ボーイング、EU:エアバス)への補助金支給をめぐって、揉め続けています。自分とこのメーカーをえこひいきするのは、ずっこいではないかと、お互いに非難しあってきたのですね。で、この問題への報復措置として、昨年の10月18日にアメリカは、一部のEU産ワイン(フランス、ドイツ、スペイン、イギリス産のスティルワインで、アルコール度数14%以下のもの)に対し、25%の追加関税を発動しました。なぜこの4カ国なのかというと、EUの航空機メーカーであるエアバスに補助金を出していたのが、これらの国々だからです。追加関税は、航空機そのものにも発動されていますが(10%)、ワインを含む多数の農産物にもかけられました。江戸の敵を長崎で討つ、というやつですな。
このときの追加関税、なぜアルコール14%以上のワインは対象外なのか、なぜ泡は対象外なのかは、アメリカ政府が説明を一切していないのでわかりません。なお、この追加関税が課されるまで、アメリカの外国産ワインに対する関税は、750ml瓶1本あたり、スティルワインで5セント、スパークリングワインで14セントと、ほぼ「無いに等しい」ものでした。アメリカはこれまでの30年間、少しずつ努力してワインへの輸入関税を減らしてきたのです。
しかし、25%の追加関税ってハンパじゃないです。この関税というやつは、蔵出しのワイン代だけでなく、輸送運賃、保険代をひっくるめたCIF価格に対してかかりますから、輸入会社からすれば、仕上がり原価がそれだけ上がることになります(話を簡単にするために、酒税や消費税のことはこの際考えないことにしています)。実際、とある調査によれば、この10月18日の追加関税発動後、アメリカ国内のフランスワインの価格は15%上がっているのだそう。「この揉め事が短期間で終わってほしい」と、出荷元のワイナリーと輸入元が協力して上昇コストを吸収しているから、値上がり幅が15%で済んでいるのであって、長期化すれば値上がり幅は25%に近づいていくのは間違いありません。
しかし、アメリカに暮らすワイン消費者、業界人たちの悪夢はここで終わりませんでした。航空機補助金問題を巡る交渉が、一向に進展しないことに業を煮やしたアメリカ合衆国通商代表部(USTR)は、昨年12月12日に追加関税を課す対象のワインを、EU産のあらゆるものに拡大する意向を表明し、その税率は最高で100%になるとしました。100%ですよ、100%。倍の値段になるわけです。この発表から約1ヵ月先の1月13日まで、USTRはパブコメを集めたうえで最終決定をするようですが、未曾有の危機が回避されることを願ってやみません。
なお、この航空機補助金問題とは別に、USTRは12月2日、フランス産のスパークリングワインに対し、100%の追加関税をかける準備を進めていると発表しています。これは、フランスが同年7月に導入した3%のデジタルサービス税(米国IT大手のグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンをターゲットにした課税政策)への報復措置です。トランプ大統領、隣国の元首のことを「ロケットマン」とか揶揄していますが、アンタは「関税マン」じゃねえかよと。シャンパンは、2つのルートで100%の追加関税が検討されているという、ちょっとどん詰まりのヤバみに陥っていまして、決定的ピンチであります。
このEU産ワインへの追加関税は、自国のワイン産業保護というより「単なる嫌がらせ」的なものに思われてなりませんが、カリフォルニアのワイン業界はタナボタ的な好況を享受することになるのでしょう。アメリカは、国内市場の購買力が強いので、世界の主要ワイン生産国の中では輸出比率がかなり低い国です。EU産ワインの値段がバカ上がりすると、当然アメリカ国内のワイン飲みは、相対的に安価な国内産ワインへのスイッチすることが予想されますから、「えへ、トランプの野郎、意外にいいとこあるじゃん」と、宗旨替えするカリフォルニアのワイン生産者がいても驚きません(カリフォルニアは全体として、アンチ・トランプの州です)。そこで、現地の生産者の反応を、Six Clovesの平林園枝さん(http://www.hoteiwines.com/winery/winery_detail.cfm?dmnID=684)に伺いました。
「ホリデー・シーズン真最中につき、周囲の比較的外向きな友人たちの発言しか聞いていないのでなんとも言えませんが、普通に考えたら当然のごとく、報復関税を課される可能性が高いですよね。安価なワインなら、内需増で(EUから報復関税をかけられても)埋め合わせができるかもしれませんが、プレミアムワインを販売している中小のワイナリーはどうなんでしょうか。最大の輸出市場であるイギリスがEUから離脱したら、また違う話になるかもしれませんけれど。EUに輸出しているカリフォルニアの生産者たちは、自身がヨーロッパ産ワインの消費者であることも多いでしょうし、気持ちの面でも不愉快ではないかと。いずれにせよ、今後のワインの流通に大きく関わってくる問題なので、中国での前例(※)を考えると、これでしめしめとしか思っていない生産者は、よっぽどのトランプ派、つまりごく少数だけではないかと思います。他の産業での摩擦を、ワイン業界に持ってこられるのは懲り懲りと思っている造り手が多いでしょう」
※注:トランプ大統領は昨年5月、中国からの輸入品に対する追加関税を、それまでの倍以上となる25%へと引き上げた。中国は、この措置に対して同年6月にただちに報復。このタイミングでの関税引き上げと、2018年からの段階的関税の引き上げにより、現在中国ではアメリカ産ワインへの関税が、トータルで93%にもなっている。2018年、中国へのアメリカ産ワインの輸出は、関税引き上げの影響を受けて25%減少した(2019年の中国への輸出数値は、本コラム執筆時点ではまだ発表されていない)。
なお、昨年11月中旬に来日したカリフォルニアワイン協会の国際部長、オナー・コンフォート氏にお会いした際、この追加関税問題と国内需要の変化について話したところ、「協会は終始一貫して、(関税のない)自由貿易を支持・推進してきた。そのポリシーはこれからも変わらない」との力強いお返事。目先の10円を拾いに行くつもりがないのはご立派です。米国産ワインに対する日本の輸入関税も、この先2025年までにゼロになる予定であります。協会としては引き続き輸出を促進していきたいという考えのようですし、外国産ワインの輸入についても同じ思いなのでしょう。
20世紀以降のワイン史を紐解くと、アメリカ市場がいかにEU産ワインの発展にとって重要な役割を果たしてきたか、その例は枚挙にいとまがありません。1930年代、ドメーヌ元詰めを始めたブルゴーニュの蔵元を支えたのは、アメリカ人の消費者でした。アメリカ市場がなければ、モダン・バローロの革命は不発に終わっていたかもしれないです。そんなアメリカが、自由の国を標榜するアメリカが、EUのワインに100%関税・・・・・・。オジサン、正月から泣けてきちゃうよ。酒もってこい、酒。
保護貿易が悪くて、自由貿易がエライという、一般化した議論をここでするつもりはありません。しかし、ひとりの飲み手としては、ワインの自由貿易を断固として支持したい。ワインの自由は、貿易の自由とわかちがたいと思うからです。
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立花峰夫:
ワイン専門翻訳サービス タチバナ・ペール・エ・フィス代表。
ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
(タチバナ・ペール・エ・フィス: http://www.tpf.kyoto.jp)
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