新型コロナウィルスの感染爆発で、世界中がロックダウン下にあります。太平洋の向こう側にあるカリフォルニア州は、アメリカ国内でいち早く動き(それがニューヨーク州との明暗が分かれた理由のひとつです)、サンフランシスコを含むベイエリア6郡で、3月17日から外出禁止令が出されました。翌18日には、高級ワイナリーの集積地のひとつソノマ郡で同様の外出禁止令が出され、20日にはナパ郡も続きました。この措置は、本稿執筆時点(4月20日)でも継続中で、まだ当分は続くものと思われます、残念ながら。
このカリフォルニア州におけるロックダウン、食料品・生活必需品買い出しのための外出以外は、原則認められておりませんでして、勤務についても自宅からのリモートワークが義務づけられています。この一報に際して、ワタクシどもカリフォルニアワインを愛し、それで口を糊している日本サイドの人間どもが、いの一番に心配したのは、「ワイナリーや畑での生産にまつわる作業、および出荷作業が止まってしまわないのか?」というものでした。収穫時期ではないものの、今年の畑作業はロックダウン発令時にはすでに始まっていましたし(早い品種は2月末の段階で、もう芽吹きを迎えていましたから)、ワイナリーでも3月、4月は瓶詰め作業が集中的に行われる時期です。樽への補酒など、年間を通じて続けないといけない必須の作業ももちろんありますし。アメリカ国内市場、日本を含む世界各国への出荷もしなければなりません。これらがすべて止まってしまうとなると、かなりの大事になるところでした。
しかしながら、幸いなことに、このカリフォルニア州におけるロックダウンには、例外が設けられていたのです。まず、農業全般は、そもそもリモートワークが不可能ですし、人々が暮らしていくうえで必須の食料品の生産に直結するものですから、これまで通り現場での作業が認められました(屋外作業なので、「3密」にはなりにくいですし)。ただ、メキシコからの入国がこれまで以上に厳しくなって、季節労働者へのビザ発給がほとんど認められなくなってしまったので、畑での労働力不足は発生しているようです。
ワインの生産についても、「食料雑貨店に並ぶ品物の生産は、引き続き通常通り認められる」という例外規定によって、続けることができています。ソノマの地でシックス・クローヴスのブランド名のもと、素晴らしいワインを生産する日本人醸造家の平林園枝さん(http://www.hoteiwines.com/winery/winery_detail.cfm?dmnID=684)に、例によってコメントを求めたところ、「ソノマでは、人口の約3割がワイン産業に従事しているそうです。カリフォルニア州では、ベイエリアの発令が一番先でしたが、ソノマが翌日出したお触書に細かく、『ワイン産業はessential business(必要不可欠な産業)だ』と明記されていました。多分、その点ではソノマが先に動いて、カリフォルニア州全土に敷衍した形かと思います」とのこと。なお、ワイン生産をessential businessと規定したこの決定のウラには、生産者団体カリフォルニアワイン協会によるロビー活動もあったようです。出荷作業も、同様の理由で認められています。大抵のワイナリーの現場では、出勤するスタッフの人数を絞ってはいますし、消毒の徹底や「社会的距離」の維持などには、当然最大限の気が配られていますが、生産や出荷にまつわる仕事はさほどの滞りなく続けられているようです(とはいえ、ワイナリーによっては、比較的3密になりやすい瓶詰め作業を、年の後半に遅らせているところもあるようですが)。まあ、とりあえず、楽観はできませんがひと安心ではあります。
もちろん、愛好家がワイナリーを訪問・見学をしたり、テイスティング・ルームで試飲・購入したりは、3密につながる行為なので早々と禁じられてしまいました。が、それはまあ仕方ないでしょう。また、諸外国への輸出についても、港湾(カリフォルニアワインの大半は、サンフランシスコ湾内のオークランド港から出荷されます)における混乱や、中国から回ってくるコンテナの不足などで、多少遅れが生じてはいるようですが、南アフリカのようにワイン輸出を国が全面禁止しているところだってあるわけですから、多少の遅れぐらいは我慢せねばならないでしょう。
とはいえ、カリフォルニア州ではレストランやバーが目下、全店営業していないので(一部の飲食店は、日本と同じくテイクアウトでの料理やワインの販売をしてはいますが)、料飲需要に重きを置いていたワイナリーは特に、深刻な売上低下に直面しています。下記の『ワインスペクテーター』の記事内では、3月の1ヵ月に全米のワイナリーで、合計4億ドル相当の「コロナ損失」があり、その売上低下幅は平均63%にもなっているそうです。また、同じく下記の『ワイン・ビジネス・コム』の記事では、2020年中にアメリカのブドウ栽培、ワイン製造業界が被る「コロナ損失」は、約60億ドルになるだろうと予測しています(これは、ロックダウンが5月末には解除され、そこから3ヵ月以内にレストランやテイスティング・ルームなどの売上が以前の半分ぐらいまで回復したと仮定しての試算ですが、それもやや希望的観測ではないかと……)。
こうした状況下で、従業員の一時解雇は、すでに多数発生しています。また、「不要・不急の経費を使うな、節約せいよ」という、まあいま世界中どこの企業でも出されているであろう命令は、カリフォルニアのワイナリーでも当然のごとく、経営陣から従業員に向けて出されているそうな。アメリカ国内に今後、失業者や所得減少者があふれかえることを予想して、高価なリザーヴ・クラスの銘柄や単一畑ワインの生産を減らし、比較的お値頃な銘柄の供給を増やそうと動いているワイナリーもあるそうです。ワインクラブのメンバー(ワイナリー会員)向けに、大幅な値引き販売をしているところも数多くあります。ここで再び、平林園枝さんのコメントを。「3月末時点で、ワイン・ビジネス・コムの記事にでたデータなので少し古いものですが、高価格帯に位置する35ドル以上のワインは、売れていないとのことでした。最初の頃は、送料無料のサーヴィスでしたが、今は50%割引プラス送料無料というところも出てきているそうです。バルクワインも全然売れておらず、ナパのカベルネの値段が、1ガロン(約3.8リットル)あたり10ドルという破格値の広告も、マーケットに出てきているそうな。個人的な見解ですが、こうやってお互いの首を絞め始めてしまった市場が、この先崩壊するのではないかとちょっと心配になっています」
そんなあれこれの事情もあって、カリフォルニアのワイナリーは昨今ばんばん、ZOOMなどのウェブ会議システムを使ってのヴァーチャル・テイスティングを行うようになりました。飲食店への販売が低調なことを補完するための、ウチ飲み推進施策です(実際、アメリカにおけるワインのウチ飲み需要は、ロックダウンになってから急増しています)。醸造家が、愛好家やプロを対象にライブ配信をして、おらがワインについて語るというもので、蔵によっては事前に試飲する銘柄を参加者の自宅に送っておき、「一緒に飲みながら語る」という趣向を取り入れているところもあります。日本でも、にわかに「ZOOM飲み」が外出・外食自粛下で大流行していますが、これはこれで、なかなかに楽しいものです。時差や言語の問題はあるものの、現地のヴァーチャル・テイスティングを日本から視聴することも可能でして、コロナ禍で生まれた新しいワインカルチャーのひとつと呼んでいいのではないでしょうか。
とはいえ、現地では厳しい見方もあるようで、ここでみたび平林園枝さんのコメント。「ヴァーチャル・テイスティングが行われるようになってからしばらく経ちますが、あるメディアの人の記事によると、つまらないプログラムのところが多いらしく、現時点で流行っているスタイルだと長続きしないだろうと予測していました。その欠点とは、ライブ配信なので、特定の時間にしかアクセスできないことと、試飲するワインを何本も一度に開けないといけないことが理由だろうと。コラヴァンを試飲ワインとセットで売っているワイナリーもあるそうなので、コラヴァンの製造元は今、それなりに売上が伸びているかもしれませんね。ただ、バーチャルで再現できることは、やはり限られているように私は感じています」
まあ、また前回と同じような結論になってしまいますが、一日も早くビジネス・アズ・ユージュアルに戻ってほしいものですね。切なる願いです。
<参考サイト>
https://www.jancisrobinson.com/articles/pandemic-effects-california-and-oregon
(要・有料購読)
https://www.winespectator.com/articles/after-covid-19-closed-tasting-rooms-west-coast-wineries-face-uncertain-future
https://www.nytimes.com/2020/04/10/dining/drinks/wine-production-delivery-coronavirus.html
https://daily.sevenfifty.com/how-small-american-wineries-are-fighting-to-survive-the-crisis/
https://www.wine-searcher.com/m/2020/04/covid-infects-logistics-especially-independent-wineries
https://www.winebusiness.com/news/?go=getArticle&dataid=229578&fbclid=IwAR3VWlqjVYiCpYQiOq4fkPJDLT2opLD-DRrCWhtNBYbvuzKe8gCFYlO_cD8
https://www.winebusiness.com/news/?go=getArticle&dataId=229416&fbclid=IwAR1xkirMsVjVsMppDURyxfD3oys1AP1zl--zoJ_YA6xk57vMns4rG-R6zEE
https://www.winebusiness.com/news/?go=getArticle&dataId=229416&fbclid=IwAR1xkirMsVjVsMppDURyxfD3oys1AP1zl--zoJ_YA6xk57vMns4rG-R6zEE
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立花峰夫:
ワイン専門翻訳サービス タチバナ・ペール・エ・フィス代表。
ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
(タチバナ・ペール・エ・フィス: http://www.tpf.kyoto.jp)
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