前回に引き続いて有機栽培の話題です。産地を問わず、「実質的に有機栽培だけれど、認証はとっていない」という栽培家は少なくありません。もちろん、言うのはタダというナンチャッテの人もいるでしょうけれど、認証コストを負担するのがイヤという理由の人もいます。じゃあ、有機栽培の認証には、実際どれだけのお金がかかるものなのでしょうか。アメリカのワイン製造業界誌『Wines&Vines』の昨年12月号に、試算が載っていたのでちょっと見てみましょう。
以下は、ナパ・ヴァレーでカベルネ・ソーヴィニョンを10エーカー栽培している場合の認証コスト(1年目)です。ブドウの価格はトンあたり6,000ドルで、エーカーあたりの収量が4トン、1トンのブドウから600本のワインが生産可能というのが試算の条件でして、認証を行うのはアメリカ最大の有機栽培認証団体CCOFです(認証団体によって、認証コストは若干異なります)。なお、アメリカで有機栽培の認証を得た場合、州から農場あたり750ドルの補助金が支給されるので、そちらも下記の試算には含められています。
CCOF申請料(1年目のみ) 325ドル
検査手数料 375ドル
取れ高に応じた負担金 775ドル
費用合計 1475ドル
補助金 750ドル
支出合計 725ドル
エーカーあたりコスト 72.5ドル
ワイン1本あたりコスト 3セント
安いっ。1本あたりたったの3セントです。しかも2年目からは、CCOF申請料325ドルがかからなくなるので、1本あたり2セントになりますキロあたり6ドルのナパのカベルネなら、ワイナリー出荷の卸価格でも1本30ドルぐらいはつけられるでしょうから、2セントや3セントは問題になるコストではないはず。ということは、「認証にはお金がかかるから受けたくない」というのは、何か別の理由を隠すための言い訳なのでしょうか。あるいは、絶望的なケチンボか。
もっとも、提出書類作成がとてもメンドウ、というのは事実のようです。有機栽培の認証を得るには、何月何日にどの種類の農薬をどれだけ撒いたとか、栽培管理のもろもろについて事細かな記録をつけて、それを認証団体に提出しなければなりません。確定申告が好きでしょうがないという人がほぼ皆無なのと同じように、栽培家もそのテの書類仕事はみんな嫌いです。それがどうしてもできず、認証に挫折する人もいるらしいので、見えないコストとして大きいのでしょうね。もっとも最近では、有機栽培認証用の書類作成用ソフトウェアなんかもあるので、以前よりか少しは楽ができるようなってきたようです。
なお、同じ記事にはアメリカにおけるビオディナミの認証コストも出ていました。上記の試算条件にあてはめてみると下記のようになります。認証団体はDemeter USAです。
検査手数料 480ドル
取れ高に応じた負担金 1200ドル
費用合計 1680ドル
エーカーあたりコスト 168ドル
ワイン1本あたりコスト 7セント
上記は1年目の費用で、2年目からは検査手数料が100ドル安くなります。有機栽培と違ってお上の補助金が出ないため、認証コストは少し高めにはなりますが、それでも1本あたり7セント。可愛いものですな。
有機栽培にせよビオディナミにせよ、普通の農法から転換した場合にコストと収入がどう変わるか、というのはまた別の問題としてあるのですが、すでに転換済みなら認証はとったほうがお得ではないですかね。ラベルに有機認証のマークを表示できるのは、なんだかんだ言っても販売上それなりに大きいでしょう。「実質的に有機」とは、輸入元資料には書けても、ラベルには書けませんから。「実質的にソムリエ」より、ちゃんと試験を受けて「認定ソムリエ」のバッジをつけたほうが、お客さんのウケがいいのと同じですね。有機栽培やビオディナミの場合も、認証団体や認証プロセスにひっかかるところがあって申請しない、という人はいるようですが。
リトライのテッド・レモンがまさにそうした例です。カリフォルニアで最もシュタイナーに忠実なビオディナミの実践者のひとりですが、Demeterなどの団体から認証は得ていません。「認証団体を批判するつもりはないけれど、認証を『制度』にするためには色々と、原理原則を曲げないといけない部分があるんだよね・・・モゴモゴ・・・」との弁。その通りなんだろうと思います。が、リトライの水準に認証の条件を設定してしまうと、ほとんど誰も合格しなくなってしまうので、これはまあ仕方がないことかと。しかしテッド・レモン、理想が高すぎるゆえに孤高の存在にならざるをえないというのはなかなかカッコいい。
Littorai:
http://www.hoteiwines.jp/winery/winery_detail.cfm?dmnID=51
ちなみに筆者はワインの翻訳を生業にしているのですが、「実質的に翻訳者」でして、翻訳検定とかそういうのは受けたことがありません。理想が高すぎて孤高なのではなく、単にメンドウくさいというダメダメな理由です。検定料は1.5万円ほど。出せない金額ではない。が、受かったら果たして仕事は増えるのか。むう。
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立花峰夫:
ワイン専門翻訳サービス タチバナ・ペール・エ・フィス代表。ワインライターとして専門誌に寄稿も行う。訳書・監修書多数。
(タチバナ・ペール・エ・フィス: http://www.tpf.kyoto.jp)
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